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床屋のどんぐりさん


福士 まゆみ(37歳)北海道札幌市・看護師

 毎年秋になると、今から9年前に亡くなった父の闘病生活で忘れられない人を思い出す。サラリーマンだった父はいつもおしゃれで、特に髪に関しては毎月美容室で軽くパーマをかけてカットをし、朝のセットは入念であった。倒れたその日も朝シャンをして出勤したと後に母から聞いた。

 元気だった父が仕事中に脳幹出血で倒れたのは、50歳の誕生日を祝った1ヵ月後。看護師である私は勤務中に母から連絡を受け、直ちに父が搬送された病院に駆けつけた。担当医からは、大変厳しい状況で呼吸が止まるか心臓が止まるか、会わせたい人がいたら呼んだほうが良いこと、助かったとしても意識が戻ることはなく植物状態になること等、CT検査の結果を用いながら説明を受けた。医療関係者である私はそのCTを見た時に父がどれだけ厳しい状況にあるか、はっきり分かり、動揺する母に代わり自分がしっかりしなくてはと思いながら、病室では父の変化を少しでも見逃すまいと、看護師としての目で観察をしていた自分もあり、一日一日がとても長く感じた。

 父は一命をとりとめたものの約1ヵ月意識のない状態が続き、自分の意思で身体を動かしたり話をすることができなくなったが、回復を願い、常に父に話し掛け、好きだった音楽を聞かせ、寝たきりによる手足の拘縮を予防するため病院の許可を得て、毎日母と協力しながら手足浴とリハビリを行った。その後まだらではあるが意識が戻り、表情で何かを訴えたいのが分かるようになったので、小さな反応でも変化が楽しみになってきた。

 5月末に入院してから約2ヵ月がたち、その頃から父の髪がのびてきたのが気になり始めた。夏に向かい、さっぱりさせてあげたいと思ったので病院内の理容室に頼んで病室で散髪をしてもらったが、終わった父の姿を見て、あれだけおしゃれだったのにバリカン一つで丸刈りになってしまい、髪の毛と一緒に父の人格までもが失われたように思え、私はとてもショックを受けた。同じ病室には意識のない患者さんばかり、よく見るとみんな頭髪は介護しやすいよう丸刈りになっていた。私は、一刻も早くここから父を脱出させたいと思いながら、医療者としてどのような状態の患者でも、その人の人格を尊重した医療を提供できないものかと強く感じた。

 父の状態が慢性化してきたため、秋には療養型の病院に転院し、そこで後に忘れられない人との出会いに恵まれることとなる。病院の洗面所に“出張床屋の日、どんぐり”の案内が張られており、理容室のないその病院には、毎月出張専門の床屋さんが来られるとのこと。夏に丸刈りになった父の頭髪がそろそろのびてきたのでお願いすることにした。そこから床屋のどんぐりさんとのお付き合いが始まった。

 “どんぐり”という床屋のご主人は私の父と同じ年齢で、病院や施設を専門に巡回している方だった。初めてお会いしたどんぐりさんは、返事をすることもできない父にとても優しい笑顔と声かけで接してくださり、愛情いっぱいであった。しかも驚いたのは、寝たきりの患者さんでもバリカンを使うことなく、はさみで丁寧にカットし、清潔を保てるよう枕に接する後頭部や側頭部は短めに、前頭・頭頂部は見栄え良く、楽しいおしゃべりとともに、あっという間に仕上げてしまい、散髪中の父はとても穏やかな表情で、どんぐりさんのはさみの音を楽しんでいるかのように見えた。また、おしゃれな父が戻ったことと、それよりもどんぐりさんが父を一人のお客さんとして接してくれたことがとても嬉しかった。それから毎月どんぐりさんの散髪が楽しみで「今日は顔色がいいね」「先月よりも反応がいいね」など、父の変化を一緒に見守ってくださり、父だけでなく私や母もどんぐりさんに癒やされる思いだった。

 どんぐりさんとのお付き合いは、在宅看護の7ヵ月間も続き、要介護5の父の訪問入浴日に合わせて毎月散髪に来てくださった。在宅で状態は安定し、倒れてから丁度(ちょうど)2年目の私の結婚式の日に車椅子で参列できるまでになり、当日髪のセットをどんぐりさんにお願いしたところビシッときめて、しかも「お祝いだから」と代金を受け取らなかったそうだ。その1ヵ月後容態が悪化し、入院してICUで人工呼吸器をつけた生活が2ヵ月半続き、散髪ができずのびた髪が体位変換の度に乱れ、どんぐりさんに散髪してもらう日が来ることを待ち望んだが、叶うことなく父は52歳で旅立った。

 亡骸(なきがら)が病院から自宅に戻り、それでも父を綺麗な姿で見送ってあげたくて、無理を承知でどんぐりさんに電話をしたところ、早速駆けつけ丁寧に髪をセットしてくださった。「僕は、こういうのは初めてだけど、こうして最期まで呼んでもらって嬉しいよ」と、結婚式の日のようにこの日も代金は受け取ってくださらなかった。どんぐりさんも患者と家族を支える医療チームの大切な一人であり、今日も楽しそうにはさみを持つ姿が目に浮かぶ。