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生きる目標


今田 尚揮(38歳)北海道函館市・会社員

 十五年ほど前のことだ。当時まだ二十代前半の若者だった私は、悪い人間に騙されて多額の借金を背負ってしまった。しかも私は、親しかった友人たちを勧誘したことでその友人たちにも借金を背負わせてしまい、加害者にもなっていたのである。

 今思うとうかつだったのだが、当時の私は純粋すぎた。他人を騙して儲けようとする人間が身近に存在するなんて想像すらしなかった。疑うより信用する。人との縁を大切に。そんな考えで生きていた。それゆえ、被害者になったことよりも、加害者になってしまったことがショックだった。大切な友人を失う結果になり、身を切り刻む思いがした。そして私はあまりのショックで眠れなくなり、通院するようになったのである。

 そしてある日、私はアルコールと一緒に睡眠薬を大量に飲んだ。社会に対する失望。重くのしかかる借金。失った友人たちの怒りと悲しみ。自分自身の不甲斐なさ。そして孤独。

 このとき、ある事情により私は両親から絶縁され、一人暮らしをしていた。狭いワンルームの部屋で一人。相談相手は誰もいない。家族も、友人も。誰一人として、私を心配する者はいなかった。死んでも悲しむ人はいない。そう思うと、死んでもいいと思った。

 しかし私は、昏睡状態だったところを大家さんに偶然発見され、救急車で運ばれたのである。幸い大事には至らず、二日ほどで退院できることになった。

「よかったら話を聞かせてくれないかしら?」

 担当の看護師は小太りで、母親ほどの年齢だ。仕事上必要だからそうして話を聞いてくるというのはわかっていたが、私は看護師にすべてを話した。看護師はまっすぐに私の目を見て、最後まで話を聞いてくれた後、唇を震わせながら言った。

「とても辛い思いをしたのね」

 看護師の目に浮かんでいた涙が一筋、頬を伝って落ちた。その瞬間、私の心の中で防波堤になっていた何かが弾け飛んだ。私は看護師の胸の中で声を上げて泣いた。泣きやむまで、看護師は私を抱きしめてくれた。

「大丈夫。あなたは今こうして生きているんだもの。転んだって、また起き上がればいいの。人間、そうやって強くなっていくのだから」

 こんな私でも生きていいのだろうか。何のために生まれてきたのかもわからないのに。そんな難しい私の問い掛けに、看護師は真剣な顔をして力強く答えた。

「生きなさい。あなたは生きるために生まれてきたのよ」

 この言葉は私の心の一番深いところに突き刺さった。そして私が生きる気力を取り戻す原動力となったのである。

 ――看護師には、かつて私と同年代の息子がいた。母子家庭で、息子と二人での生活だった。息子を愛していたし、大切に育ててきた。しかし三年前、息子の進路のことで大喧嘩(げんか)になった。思わず「この家から出て行け」と言ってしまい、息子は本当に家から出て行ってしまった。交通事故の知らせを受けたのは、その数日後のことである。病院に駆けつけた時、息子はすでに息を引き取っていた。自殺ではなく不慮の事故だったが、看護師は自分を責め続け、今でも罪の意識を背負って生きているのだという。そして私のことが息子のように思えてならない、生きてほしいのだと語った。

「ご両親とお話しさせてもらえないかしら?絶対にあなたを心配している。大丈夫。子供を愛していない親なんていないのよ」

 そして看護師は私の実家に電話をかけた。プライドの高い頑固者の両親を説得するのは簡単ではないと思っていたのだが、意外にも両親は看護師の説得に応じた。その日のうちに両親は病院へ駆けつけたのである。

 人様に迷惑をかけたことで、どれだけ叱られるだろうかと想像していた。しかし母は病室に入るなり、私を抱きしめて泣いた。父は優しい目でそれを見守っていた。お互い、意地を張っていただけだったのだ。

 看護師の仲介で私たちはこれまでの自分自身を悔い改め、和解し、再び親子となることができた。そして翌日、私は両親に付き添われ、看護師に笑顔で見送られながら退院したのである。

 世の中、悪い人間ばかりではない。絶望があれば希望もある。挫けずにもう一度、起き上がって歩こう。いつかきっと、生きていて良かったと思える時が来る。看護師のおかげで、そんなふうに思えるようになった。今度は私がそれを誰かに伝えていけるようになりたい。それが今の私の生きる目標だ。