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魔法の手紙


山野 栄美子(43歳)大阪府茨木市・主婦

「今、すこし落ち着いたところなんですよ」

 担任の先生の言葉から、息子がパニックを起こし大泣きに泣いたことがうかがえました。頬には涙の跡、額に当てられたガーゼと体操服には血がにじんでいました。わたしに背中をなでられながら息子はまだこわばった表情をしています。

 幼稚園から息子が怪我をしたと連絡が入ったのは、午後の早い時間でした。友達がこいでいるブランコの前を息子が横切り、ブランコの角が額に当たってしまったとのこと。ガーゼをめくってみると、一センチほどの傷の奥に白い骨が見え足の力が抜けそうになりました。

 近くの診療所はどこもお昼休みの時間です。診てくださるところがなかなか見つからない中、休憩中にもかかわらず診察をOKしてくださったところがようやく見つかり、その整形外科へ自転車をとばして息子を連れて行きました。

 すぐに治療が受けられることに安堵しながら、しかしわたしの頭の中は心配ごとでうめつくされていました。息子には発達障害があり、そのため初めての場所や予測のつかない状況がとても苦手です。さらに大の病院嫌い。通い慣れた小児科でも診察室に入りたがらず、予防接種のたびに大声で泣き叫びます。点滴の液が血管から漏れて腕が腫れあがっても、「じっとしてないからよ」という看護師さんの言葉に何も言い返せない、そんなこともありました。

 普通の子どもなら経験を積むことで慣れてしまうようなことも、息子のような子どもにとってはそうではない……。しかしそれは医療機関においてさえもなかなか理解されず「しつけがなってない」「わがまま」と見なされることが少なくないのです。

 これから行く診療所は息子にとって初めての場所。外科の処置をしてもらうのも初めての経験です。「あの傷はきっと縫うことになるんだろうな……。麻酔はやっぱり注射なのかな……」。息子が激しく抵抗するのは容易に想像できることでした。せっかく診てくださる先生に対する申し訳なさに身の縮む思いがします。また、これから息子が味わわなければならない大変な恐怖を思うと、暗澹(あんたん)たる気持ちにならざるをえませんでした。

 しかし親として出来ることはやらねばなりません。診療所に着くと、わたしはすぐに息子の障害について先生に説明しました。病院が苦手であること、見通しのたたない事態に対し不安が強いこと。出来れば息子にわかるように治療の説明をしてもらいたいこと。説明は目で見てわかるようにすると理解しやすいということ。

 先生はすぐに「息子さん、字は読める?」と訊かれました。「はい、ひらがなと簡単な漢字……」というわたしの返事が終わらないうちに、先生はもうパソコンに向かって何か作業を始められました。そしてあっという間に息子に宛てた手紙を作ってくださったのです。

 その手紙には大きな文字で治療の手順が書かれています。息子の注意をひきつけ、リラックスさせるためか、アンパンマンの絵まで添えられていました。

 先生はさらにモニターで傷の状態を本人に見せ、「今こうなっているから、ここをこうして縫い合わせるよ。縫うときに痛くないように、このあたりに注射をするけどすぐすむから我慢してね」とゆっくり語りかけてくださいました。息子は手紙とモニターをじっと見ていました。納得がいったのかおとなしくしています。治療の途中で先生は、「この道具を使うよ」と器具を息子に見せてもくださいました。息子の目には不安の色にかわって好奇心の光があらわれてきました。

 縫合の間、息子の気を紛らわせるために話しかけ続けながら、わたしは魔法をまのあたりに見たような不思議な感動にうたれていました。こんなふうに的確に、こちらの望む手助けをしてもらったのは初めてだったのです。受け入れてもらえた……そんな気がしました。

 そして、先生がしてくださったことに感動すると同時に、これからは自分が同じようにやってみればいいんだと気づかされました。それは、わたしにとってとてもとても大きな気づきだったように思います。

 あれから十年、息子は一人で病院へ行けるほどになりました。額にうっすらと残る傷跡を見るたび、あの整形外科での体験が感謝の気持ちとともに甦ってきます。