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『痛み』という病気との闘い


根本 かなえ(17歳)宮城県仙台市・高校2年生

 人は、どんなときでも自分らしく、最期まで充実した人生を送りたいと思う。たとえ、病気になっても、それが癌(がん)という命にかかわるような病気になっても、いつまでも自分らしさを失いたくないというのが私たち人間の共通の願いなのではないだろうか。

 私は、昨年祖母を亡くした。祖母は、見えない臓器と言われる膵臓(すいぞう)に癌を患い、自覚症状が出たときには既に手遅れだった。母は、母の兄と交替で毎日看病し、私はまたその姿を見ていた。抗癌剤、強い薬を投与し、衰弱していくばかりの祖母を見て、「どうして良くならないの?」「薬はおばあちゃんの力や笑顔を奪っていくだけ」「どうして、どうしておばあちゃんが……」と疑問を抱くばかりだった。その頃の私は、祖母が癌に奪われるような感じがして、どうすることもできず、やるせない気持ちでいっぱいだったのだ。しかし、祖母は苦しみながらも笑顔を絶やさず、諦めなかった。薬の副作用、苦しい治療にも耐え、私たち家族みんなで癌という悪魔と闘った。そして亡くなる数日前、祖母は緩和ケアセンターに入院した。緩和ケアとは、末期の患者さんの癌の痛みを取り除くだけで、負担のかかる治療はせず、残りの人生を自分の生きたいように生きることを目的としている。その病棟は一歩踏み入れると別空間で、木で作られたアットホームな感じだった。病室はすべて個室で、キッチンや付き添い人用の布団もあり、家族も一緒に生活できる、また、飼っているペットとも触れ合えるスペースもあり、素晴らしい設備が整っていた。患者さんの中には、回復して退院し、自宅療養できるまでになる人もいるという。患者さんが抱えるストレス、家族も一緒であるから不安も軽減され、改めて自分の病気に向き合い、自身や周りで支える人たちも治療に専念できる。

 祖母は、亡くなる前日、音楽療法を体験した。音楽療法士が、楽器で思い出の曲を美しく弾き、祖母、私たち家族の双方の今まで抱えてきた不安を取り払ってくれるほど感動し、心が軽くなったのを覚えている。最期は家族みんなに見守られ、祖母は、安心して天国に旅立った。

 人は誰も一人では生きていけない。しかし、私たちはどんなに医療が発達しても「死」を避けられないのもまた事実だ。その中で支えてくれるのはやはり一番身近な人、家族だろう。私の家族は、祖母の癌が見つかり、ともに助け合うことの大切さ、必要さを感じた。同時に、私たち看病する側も疲れや不安、悲しみをぶつけ合い絆が壊れかけたこともあった。しかし、一番辛い思いをしているのは癌に侵された本人だった。

 患者さんを第一に考え、「痛み」という病気とともに闘い、最期を迎える日まで、不安に寄り添う緩和ケアは、患者側にとって見れば、どれほど心強いか、ということを身を持って感じた。今の医療は、治療にこだわり、できるだけ命を延ばすことにばかり、多くのエネルギーと時間を費やしてはいないだろうか。これからの医療に求められることは、痛みだけでなく、必ず来る「死」にも目を向けて、本人も、彼らを支える家族の心までも癒やすことができる「ケア」だと考える。死に対する価値観は、みな一人ひとり違うだろう。しかし、この緩和ケアはまさに、本来の医療の姿だと考える。

 苦痛という暗闇の中、私たちが出会った「緩和ケア」は、希望の光といってもいい。しかし、私たちは運が良かったが、緩和ケアを受けたくても受けられず、多くの方が順番待ちという状況だ。癌患者数、死亡率が増加傾向にあり、今や3人に1人が癌で亡くなっている。しかし、病棟数がまだまだ足りない。医師不足の中、治療だけでも精一杯だという病院に緩和ケアを求めるのは酷なことかもしれないが、癌は末期になったら、ではなく、発見された時から、治療の中に緩和ケアを取り入れれば、患者さん、彼らを支える家族の心の緩和と共に効果的な治療が期待できる。

 私は、5月に仙台の病院で看護師体験をし、実際に医療の現場を見てきた。そこは、緩和ケア病棟はないが、“疼痛コントロール” という分野で、医師と看護師が一体となり、マニュアルに書いてある薬や治療だけでない「医療」がなされていた。辛そうにしていたら少し体勢を変えてみる、話を聞いてあげるなど、もし自分が目の前の患者さんの立場だったらどうしてほしいか、どんな不安を抱いているのか、常に考えることが大切なのだ。患者さんは、生きる希望も薄れ、死に追われる恐怖で誰とも話したくないと心を閉ざしている人もいる。医療従事者、家族を含め支える人々も協力し合って、皆でその暗闇の中から、患者さんに光の手を差し伸べてあげること、精神的な支えになることこそ医療に必要不可欠なことなのかもしれない。そこには自分らしく生きたいと願う患者さんのために、彼らを助ける家族のために、医療の裏に多くの人々の真の優しさがあった。私はこの経験を活かし、いつか医療の現場で患者さんと共に奮闘したい。