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僕と弟の治療体験記


佐々木 翔平(16歳)岩手県滝沢村・高校1年生

 皆さんは「自閉症」という障害を知っていますか。「自分を閉ざす」と書くこの障害は、非常に深刻で悪いイメージを持っていますが、正確にはそうではありません。

 自閉症とは、生まれつき脳に小さな障害がある状態のことを指します。普通なら抱っこしてもらうのが嬉しいはずなのに嫌がって泣いてしまう、話せる言葉が極端に少ない、自分のコントロールがうまくできない、他人との交流が苦手で、自分の考えをうまく伝えられないなどの症状があります。まだ多くの人達には理解されておらず、現在でも自閉症を持つ人達やその家族の方々で苦しんでいる人は少なくないのです。

 僕はそんな人達の気持ちが良く分かります。僕の弟は、「自閉症」だからです。

 これから記すのは、弟の自閉症を通じての僕の変化や学んだことについてのお話です。

 弟が生まれたのは僕が二歳の時で、当時まだ健常児のように元気な赤ちゃんだったそうです。僕はそんな弟をあやしたり、一緒に遊んだりと毎日楽しく過ごしました。

 ところが、成長するにつれて健常児とは異なる特徴が表れ、僕の両親はとても心配していました。不安に思った僕の両親は村の一歳半検診で相談し、その後の個別診断で自閉症の疑いがあると告げられたのです。三歳の時、病院の検査で、弟は自閉症と診断されました。まだ僕は幼稚園児だったので弟の障害のことは理解できませんでした。でも、一つだけ分かることは、弟は同年代の子達とはどこか変わっているということです。幼いころの僕は、それだけは確信していました。

 僕が小学校へ入学した時、元来内向的な性格で、自分から人に話しかけられなかった僕は、不安でいっぱいでしたが、次第に気の合う子達と意気投合して遊ぶほどの仲になりました。そんなある日、僕は弟を連れて友達と遊ぶことになりました。変な弟だけど、友達なら分かってもらえるはずだ。そう思いました。しかし、当時の僕には予想がつかないことが起こりました。弟が遊び方を理解できなかったせいで友達から非難され、ついには泣いてしまったのです。その後友達はみんな帰ってしまい、僕達だけが取り残されました。その後の記憶はないのですが、もしかしたら僕も悲しくなって泣いたかもしれません。その場から逃げたかもしれません。以来、友達と一緒より一人で遊ぶことが増えました。僕も弟のように人との会話が苦手になり、僕の心はいつも弟のことや嫌な感情が渦巻いていました。こんな状態が四年生ごろまで続きました。

 五年生の時、母が病院でカウンセリングを受けることを提案したので、僕は受けてみることにしました。当日、僕は少し緊張しながら、担当のカウンセラーさんと会いました。カウンセリングルームへ案内されると、そこにはたくさんのおもちゃがありました。カウンセラーさんは、その中から好きなものを選んで遊ぼう、と言いました。それを聞いて僕は驚きました。カウンセリングとは、相談者の悩みを聞いて、心のケアをするものだと思っていましたが、まさかおもちゃで遊ぶとは、思ってもいなかったのです。なぜこんなことをするんだろう。頭の中が疑問符でいっぱいでした。でもその人はいくつか面白いおもちゃを薦めてくれたので、そこから一つ選び、遊び始めました。おもちゃといっても、ボードゲームや頭を使うものが多く、もちろん小さい子供が喜んで遊ぶようなおもちゃもありました。初めは、本当にこれでいいのかと心配しながら遊んでいましたが、想像以上に楽しくて、時間があっという間に過ぎてしまいました。以来カウンセリングの時間が楽しみになり、今まで自分が抱えていた悩みは、気づいた時にはすっかり消えていました。

 弟はというと、実は「治している」というより、「成長している」という方が正しいのです。自閉症は治療法が無く、訓練と努力をしなければ社会では生きられない障害です。だから弟は、自閉症の児童の支援施設や学校の中で今まで努力を続けていました。投薬や手術ではなく、教育し、生きるための訓練を行うことが、唯一の治療法なのです。

 僕がこれらの体験から学んだことは、医療とは薬を投与したり、手術をすることが全てではないことです。カウンセリングのように、担当医が患者と会話をして心のケアをしたり、社会で生きるための訓練を行うような治療法があるということです。

 僕と弟はその治療体験者として、多くの人にこれらの話を伝え、もっと自閉症をはじめとする知的障害や、心の疲れについて理解してもらいたいと考えています。大切なのは、理解すること、そして助け合いながら成長を見守ることだと、僕は思うのです。