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佐藤 里佳(16歳)熊本県菊池市・高校1年

 私の夢は、医師になることだ。

 きっかけは、私の弟が、エーラスダンロス症候群と診断されたからである。数百万分の一で発症する遺伝子疾患。日本にいる正確な患者数は不明。医師のなかでも知っている人は少ない。

 今、弟は、学校までの十五分の道のりを歩くことも辛い。関節が緩く、体育は球技や鉄棒は出来ない。出来ないことが一つずつ増えてきている。出来ないことはあるけれど、普通に学校生活を送っている。さらに、兄弟喧嘩(げんか)もする。「可哀そう」という人もいるけれど、私はそう思わない。生まれた時から一緒に生活しているから、当たり前なのかもしれない。私の母は、私達姉妹を育てた経験から、弟が生まれた時から、何か違うことに気づいていた。いくつかの病院を回り、いろんな検査をしたが、分からなかった。前に述べたように、病名自体を知っている医師がいないからだ。

 母は、同じ病気の人とインターネットで知り合った。そして、患者会が出来た。そこである大学のW先生と出会った。遺伝子疾患のカウンセリングをしていらっしゃるエーラスダンロス症候群の専門医。別の先生から、エーラスではないかと言われていたが、W先生から、エーラスであると軽いほうであると診断された。私達家族は、専門医と出会えたことが嬉(うれ)しかった。W先生は、これからどのような症状がでるのか、生活していく上で大切なことを説明してくれた。担当の看護師さんは、メールで相談に乗ってくれる。気になることは、先生に伝えてくれる。このような、相談体制があることが、母にとってなにより嬉しいことだった。遠くすぐに診察にいけないので、気になることやどうすれば良いかを知ることができ、母は安心することができた。

 そんなW先生の姿を見て、私は、こんな医師になりたいと夢を持つことができた。患者会が出来た時から知っているし、同じ病気の人達もたくさん知っている。病気についての情報が少なく患者会のつながりが大きいことも知っている。患者会に参加し、様々な人と交流することで、考えも変わった。W先生に出会えたことで、医師は治療法を探し、治療するだけではいけないと知った。話を聞き、アドバイスをしてくれるだけでも、患者にとっては安心をする。患者会に参加をし、W先生に会えたことで医師という仕事が治療するだけでないことを学んだ。

 W先生に出会えたことで、弟の生活は変わった。逆に出来なくなったこともある。今は理解のある学校・友達・先生に囲まれ、支援学級に在籍しているものの、普通の生活をしている。

 だが、私は、行政・学校・病院・医師、様々な嫌なことも見てきた。そして、母が悩んでいたのを見てきた。病気を知らない医師に調べもせずにしらんぷりをされたり、痛がっているのに何もしてくれない医師がいたり、医療の面で理解がなかったこともあった。行政の面でも、厚生労働省の特定疾患になっていない。治療費や車いすなどへの補助もない。私は、弟がエーラスダンロス症候群だと分かった時から、こういう状況を見てきた。だから、私は、医師になり同じ病気の人を支えていきたいと思うようになった。

 患者会へ参加するたびに、「頑張って、応援してるよ」と、声をかけてくれる、W先生や患者会の人達がいる。

 これからの社会を背負っていく私達が今の現状を変えなければならない。