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地域医療私なりの考え


河本 理伽(11歳)大阪府大阪市・小学5年

「やったあ。バイクがとどいた!」
朝起きると、父のうれしそうな声が聞こえました。

「理伽も、いっしょに見に行こう」
と言われたので、(どんな、かっこいいバイクかなあ)と思い、父について行ったものの、見たしゅん間、がっかりしました。バイクというより、まるで大きな屋根付き三輪車。後ろには、大きな荷物を入れる箱までついていました。

 私の父は、医者です。父の生まれ育った所で開業して、今年で十五年になるそうです。その間に、往診が必要な患者さんが増えたために、移動が速くできて安全で、薬や点滴やカルテなどを入れるための箱付き三輪バイクが、便利なのだそうです。ニコニコしながら、そう話す父を見た時に、私は
「パパって、ほんとうに、患者さんたちのことが大好きなんだね」
と言いました。父は、
「うん。パパは、ここで大きくなったから、少しでも地域の人に恩返しがしたいんだよ」
と、言っていました。

 その他にも、私が父が患者さんたちのことが大好きでとても大切に思ってるんだなあと感じたことがあります。家族で公園に行った時、
「たかちゃん、このすべり台から落ちたのに、骨が折れなくて良かったよ」
とか、食事中に、
「四丁目のおじいちゃん、最近見てないけど急に血圧が上がったりして入院してないかなあ。一人暮らしやからなあ」
などと、話をしてくれる時です。私は、会ったこともない患者さんたちですが、〇〇さんは今日は少しごはんが食べられるようになったとか、顔色が良くて笑ってくれたと話してくれると、様子を想像しながら、(ああ、良かった)と思います。

 昨日、下校中に家の近くの道路沿いで、一人のおばあさんが青白い顔をして座りこんでいました。私は一度は通り過ぎたのですが、やはり気になり後戻りをして、勇気を出して、「大丈夫ですか?」と、声をかけました。すると、そのおばあさんは、私の家の方を指さして、
「あそこに行きたいんだけど、ふらふらしてしまって」
と、言われました。私は数日前に、父から、「浅野さん、最近、めまいがするんだなあ」と、聞いたことを思い出し、とっさに、
「浅野さんですか?」
と、聞いてしまいました。おばあさんは、とても驚いた顔をされ、
「そうですが、どうして? あっ、ひょっとして河本先生の娘さんの理伽ちゃん?」
と、言われたので、私も驚いてしまいました。

 浅野さんが言われるには、父が診察室で、
「理伽が、よくぼくの話を聞いてくれるんです。今日は、浅野さんどうだったの? なんて娘も一人前に心配しているんですよ」
と、話していたそうです。私は、父がそういうふうに思っててくれたんだと、誇らしくてとてもうれしい気持ちになりました。

 その日の夜、診察を終えて帰宅した父が、浅野さんが
「私の家族はみんな早くに亡くなって、かわもと医院にくるまでは、一人ぼっちだから私が死んでも悲しんでくれる人もいないと思ってた。でも、先生や看護師さん、それに理伽ちゃんまで心配してくれてるって聞いて、がんばってもう少し生きてみようと思ったのよ。ありがとうございます」
と、とても喜んで涙をうかべていたと話してくれました。

 私は、病気の人が生きるために必要な物は、注射や薬だと思っていました。人は、人の言葉や心の持ち方、大切に想ってくれる人がいることで元気になれるんだと気付き、父や看護師さんの浅野さんへの、好きという気持ちが伝わって良かったと思いました。

 父の患者さんへの想いの話をもう一つ。父は、自分のためにぜいたくはしません。

『健康こそ幸せ』が口ぐせで、

 「ぼくは、ぼくを信頼してくれてる患者さんのためにお金を使いたい。ここでMRIやCTをしてあげたい。信頼を地元にどう還元できるかっていったら、病気を早く発見して早く治してあげること。それには、道具も必要。これも、地域医療のひとつだ」
と、医療機器を医院に設置しました。

 先日の読売新聞で、『地域医療』という言葉を見ました。記事を読むと、地方では大病院に行くには何時間もかかるため一軒の医院で一人のお医者さんが、どんな病気も診察すると書いてあり、地元の方もその先生に自分の最期を看取ってもらいたいと思っているし、先生もできる限りそうしたいという事でした。

 地域医療、どういう意味かが良くわからなかったのですが、作文を書きながら、新聞の先生や父のように、医師として人として地元の方々を想う気持ちをどう伝えるかを考える姿勢こそが地域医療の根元ではと思いました。