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励ましは万の力


堀内 美智子(75歳)千葉県千葉市・主婦

 夫は75歳、腹膜透析を在宅で治療中の身体障害者一級です。原発事故による全町避難指示によって、息子や妹達のいる千葉市内に避難しています。巨大地震による大津波のためにまず避難しました。夜になり原発付近に避難が出ました。夜半には更に地域が拡大していき、ついには朝になり全町避難指示が出たのです。60キロ以上も山を越えた他の町の体育館に逃げろと言うのです。しかし、私の頭の中には、地震のための停電で毎日在宅で続けている夫の透析治療ができないことでいっぱいだったのです。携帯電話もつながらず、表通りの公衆電話でと出かけたが、ブロック塀が次々と倒れていて通れない。回り道した先は、マンホールが飛び出して、吹き出した泥ですべって進めない。あきらめて夜明けのくるのを待っていたのだ。避難なんかいやだ!ここで死んでもいいから避難なんていやだ!!と言い張る母を車の中に押し込むようにして町をあとにした。いつ帰れるか先のわからない〝原発難民〟になるなんて知る由もなく。前日、母のために茶の間から持ち出したポットと湯のみ茶椀一個と二枚の毛布のほか何も持たずに。いつもなら簡単に行き来していた病院までの23キロ(片道)の遠かったこと。壊れた道路、道をふさいでいる倒壊した家々。さらに津波で被害を受けた地域の通行止め等々。いつも見慣れた風景が、全く別な土地を走っている感覚で必死にハンドルを握りしめ走り通した74歳(当時)の私。何回まわり道をしたのかわからない位に迂回をくり返しやっと病院に到着。夫を預かってもらい、私と母は山を越えて避難所へ。しかし、母はあまりの環境の変化で避難所第一夜、精神的に体調を崩してしまったのです。

 小さな町とは言え、初めて顔を合わせる人も多く、全くと言ってよい位情報ゼロの状態。テレビもない、地震についても、津波についても、避難をしなければならなくなった原発のことも正式な情報が皆無の状態。となり同士で居合わせた友人のご主人が仕事帰りに津波に巻きこまれたといい、当のご本人が目の前にいたり、別の友人はあと二分遅かったら津波に持っていかれただろうと普段とかわらない調子で話していたり。とにかくあまりにも突然の出来ごとが多すぎて誰もが、誰かと何かを話をしあっていなければならない気持ちだったのかも知れません。

 私はただ、ただ騒ぎ出しそうになる母をなだめるのに精一杯、ヨウ素を取る年令に関係のない二人なので長い列に並ぶ必要もなくよかったようなものの。ガソリン不足の当時のこと、千葉から母を迎えに来ることになり、両方から走り、母を無事に移送。ほっとしての千葉第一夜、夫を預けてきた南相馬市の病院から、病院のエリアが屋内待避になったこと、津波の被害や避難のためにスタッフがとても少なくなってしまったとのこと、食材が調達できなくなり患者の食事も二食しか出せない、何よりも夫用の薬剤が入手困難だと言う。病院の救急車で途中まで搬送をお願いしてみたが、ガソリンもなく規制されている地域のことでもあるのでと断られた。息子が夜通し手を尽くして翌朝ようやく入手でき迎えに出かけることが出来た。

 息子が友人に教えてもらった近道との山間部を走り、深夜の南相馬市の病院から無事に夫を救出してくることが出来た。深夜にもかかわらず、主治医の先生も、看護師さんもその他のスタッフも手を握り「がんばって!」「がんばって!!」と送り出してくれた。夫は、解除になったら又、病院に戻ってくるからと何度も何度も言いながら別れてきた。F医大から紹介されて六年間お世話になってきた方々。こちらに来てからもことあるごとに「病院に戻りたい」と言い電話をかけていた。担当の看護師さん達も心配して時々電話を下さる。こちらに来る時担当の先生が専門の病院のリストをたくさん持たせてくださった中から息子が見つけてきてくれた病院にお世話になり、病院の近くに家も借りた。病気のせいで難聴気味な夫は、慣れないこともあり、しばらくは不満をもらすことが多かったが、半年たったある時、体調が悪化して入院することになった。院長先生をはじめ関係者の方々が総力をあげて治療にあたって下さっている。母の介護で行けない私のかわりに。病院担当は仕事を終えてからの息子たち家族であるけれども、朝・昼・晩かかってくる電話の中味が「○○看護師さんが…」「休みなのに透析の方の○○看護師さんが…」など、「ありがとう」「感謝」の言葉があふれそうな毎日になりました。看護師さんのことだけでなく、お茶を運んでくださる方、身体をふいてくださる方、検査の方々がいつも励ましてくださるのが嬉しいと電話の報告回数が増え続けています。

 私の人生の師匠は「励ます」と言う字の中には万の力とある、「励ます」とは万の力だとよく教えて下さいました。夫の嬉しそうな声を聞くと私も元気・勇気がいっぱいになります。励まし続けて下さる全ての方々に感謝です。