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入院していた時の出来事


田中 葵(8歳)兵庫県高砂市・小学3年

 私は、平せい十五年二月に生まれました。お母さんは、やっとほしかった赤ちゃんを生むことが出来てすごくうれしかったようです。元気な、なき声をしていたそうです。しょうらいは、すてきな女の子に育ってくれる事をねがっていました。名前の「あおい」もお父さんがつけてくれました。

 私が生まれてから一か月した時に、おい者様から心ぞうにあなが空いていると言われたそうです。それを聞いたお母さんは、ショックでないてしまい、私に何どもごめんねと言ったそうです。私はびょう気にも負けずに、すくすくと育ちました。赤ちゃんのころは、よくわがままを言ったり、お母さんをてこずらせたりしていました。いつもお母さんは、私のけんこうの事を考えてくれてたし、えいようのある、おりょう理をいつも作ってくれていました。おい者様からは、体が大きくなって体重もふえたら、岡山にあるびょういんに行って、心ぞうのあなをなおしましょう。と言われていました。私が三年生になった五月に、心ぞうをなおす時が来ました。少しこわいなあと思ったけど、これで私のびょう気がなおると思ったら、なんだかうれしかったです。

 岡山のびょういんに入院する日がやって来ました。私は、しょうにびょうとうという所に入院しました。同じような年の男の子や女の子、それに赤ちゃんもいました。生まれてからずっとびょう気がなおらずに入院したままの子どももいました。私は、毎日学校に行ってべん強をしたり、お友だちと楽しくあそんだりしているので、びっくりしたし、かわいそうに思いました。その子たちは、びょういんの中にある学校に通っていました。私に、通っている学校の様子を聞いてきたりで、うらやましそうにも見えました。その中でも、私と同い年のかなちゃんという女の子に出会いました。私が入院する少し前から入院していました。いっしょに、お話をしたり、あそんだりしました。とっても楽しかったです。それに、入院している間、かんごしさんたちがとても親切におせ話をしてくれたことがうれしかったです。不安な気持ちを少しでもおちつかせてくれたり、話しあい手になってくれたりしてくれました。心ぞうをちりょうする日も、

「がんばろうね。だいじょうぶだからね。」

とずっとはげましてくれたので、私はぜんぜんこわくなかったです。終わった後も

「よくがんばったね。えらかったよ。」

とほめてくれました。本当に親切にしてくれたことをうれしく思いました。私は、三日後にたい院しましたが、お友だちのかなちゃんは、まだたい院は出来ません。帰る時に

「かなちゃん、帰るね。早くたい院出来るようにいのってるね。」

と私はいいました。かなちゃんは、とってもかなしそうな目をしていました。元気になって会いたいと思いました。

 たい院してからは、私は、いつもどおり元気に学校に行き、生活をおくっています。家ぞくみんながけんこうで毎日をすごすということは、本当に大事な事だと思いました。そして、入院中に親切にして下さったかんごしさんや、ずっとそばに付きそってかんびょうをしてくれたお母さん、おし事を休んで、様子を見に来てくれたお父さんには、本当にかんしゃしています。私も、しょう来、人のたすけが出来るしごとにつきたいと思いました。かんしゃの気持ちは、わすれません。