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<一般の部> 入選
「生きていくことって……」


藤澤 麻里子(神奈川・主婦)

 平成六年九月八日、初物の松茸で、家族のびっくりする顔を思い浮かべながら夕食の仕度をしている時、電話が鳴りました。

 「救急隊です。ご主人を病院へ搬送しましたが意識が無く予断を許さない状態です。奥さん、落ち着いて事故に気をつけ…」後は何も耳に入らず、急いで病院に駆けつけると、そこにはいつもと同じ寝顔で、声をかければ今にも起きあがりそうな夫がいました。

 医師から「クモ膜下出血」で手の施しようが無いから、会わせたい人を呼ぶように言われ、私が動転しながらも方々に連絡している間に、夫の血圧が下がってきて、緊急手術が始まりました。8時間にも及ぶ手術の結果、万が一、運良く一命を取り留めても左半身は完全にマヒが残る、と宣告されました。その当時、19才と15才だった二人の娘と手術を待つ間よく話し合い、例えどんな事態になろうともそれは運命と思い、全て受け入れようと決めていた筈なのに、術後、集中治療室に戻って来た夫の顔を見ると「神様、どうか命だけは…」と祈らずにはいられませんでした。

 その日から私は、夫の意識が戻った時に何が何でもそばにいてあげなくては、と思いつめ、面会時間終了後に帰宅し、夜中、心配と不安で泣きあかした顔のまま、翌朝六時にはそっと集中治療室に入るという日を送っていました。

 一週間位過ぎた頃、一人の看護師さんが声をかけてくれました。私の肩に手を置き「これから長い長い戦いになるのよ、娘さん達の為にも今、奥さんがこんな無理をしては駄目!!」

 その言葉で私はハッと我に返り、家族のためにしっかり現実と向き合い、少しずつ先の事を考えなければならないことに気がつきました。そうは思っても実際目の前にある現実は想像以上に厳しくて、少しずつ意識が戻り容態も安定してきた夫は、リハビリ病院へ転院する為、いくつかの専門病院で診察を受けていました。しかしどの先生も「この先、自力で立つ事も歩く事も絶望的。また、本人に病識が無いのでリハビリをすると逆に危険、との診断で受け入れてくれる病院はありませんでした。

 途方にくれていた私にまた前の看護師さんが、こえをかけてくれて「道はまだまだ有るから、皆で知恵を出しあって良い方法を考えましょ。」その言葉通りそれからは、先生、看護師、理学療法士、ケースワーカーの皆さんが、時間を割いて何度も集まり話し合いを繰り返した結果、不安は拭いきれないものの、思いきって夫の在宅介護を決断し、どんな生活になるのか皆目見当がつかないまま夫を迎える準備に奔走しました。ベッド、車椅子に食器から身の回りの物までなんとか用意して、六ヶ月ぶりに夫は自宅に帰って来たのです。

 でも在宅での介護は予想を超える苛酷なもので、左半身マヒに加え、高次脳機能障害という後遺症を抱えた夫は家族のこともわからなくなったり、自身の病気の事も理解出来ず、ちょっと目を離すとベッドの柵を外し落ちてしまったり、車椅子から転げ落ちてしまう事が度々あり、ほんの半年前迄は優しく家族思いで、家の大黒柱だった夫の姿を思い出すと、その変わり様に悲しくて声をあげて泣きながら夫のオムツを替えた日もありました。それでも私達は毎日無我夢中で、一生懸命介護し、特にまだ若い娘達も遊びたい盛りなのに、不平も不満も言わず手伝ってくれているのをみて、私ももっと頑張れる、とあらためてその思いを強くしました。

 でも、今まで19年間、なんとか在宅介護が続けられたのは、家族以外にもいろいろな面で多勢の人達の応援援助があったからです。友人に近所の方々、往診の先生や訪問看護師さん、と数えきれないくらい沢山の人達にお世話になりました。特に看護師さんには何人もの方に助けてもらい、退院直後から一年間根気よく訓練を重ね、夫のオムツを完全に外して下さった方、また昔、夫が将棋が好きだったと知ると、忘れてしまっていたルールを、駒の動かし方から丁寧に思い出させてくれた方もいました。そのおかげで今将棋が夫の最高の楽しみになりました。

 このようにいつも誰かに見守られ、困った時はすぐ手を貸して下さる人が傍らにいてくれる、という大きな安心感に私達は支えられています。それでも時々わけも無く苛々して落ち込んだりするし、夜中に何度も起こされたり、思うように外出できないことなどで、ストレスも溜まりがちです。そこで私達が考えたのは、介護していて良かったと思う事を一つずつ挙げていくのです。例えば、夫がお小遣いを使わないので助かる、車椅子で出かけると周りの人が親切、水族館に行った時一番前で観て楽しかった、家族がより強く繋がった、等々、皆で言い合っていると自然と笑顔が戻り元気になります。

 結婚して40年、その半分が介護生活になりました。今では娘達も各々家庭をもち、夫も三人の孫に恵まれ、以前のように優しく穏やかにすごしていますが、今、夫の最大の心配事は19年前の運転免許証の更新の事のようです。