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<中高生の部> 優秀賞
「忘れがちな気持ち」


河野 愛(静岡・高校2年)

 「また明日ね。」

 そう言ったのに、私は次の日から学校に通えなくなってしまった。冬休みが始まる二日前骨が痛く、眠れない日が続いた。病院に行って薬をもらっても、体調はよくなっていくどころか、悪くなっていくばかり。冬休みに何回か病院に通い、一月にはがんセンターで入院することになった。

 私の病気は、急性リンパ性白血病。このことを聞いた時は、自分の体のおかしさから何らかの病気なんだろうなと考えていたので、そこまでショックを受けなかった。むしろ半年間学校に行けないことの方が私にはショックだった。私は病気になってから、あたり前のことなんて本当にないんだなと改めて思った。その時になって初めて私は心から悔やんだ。いつも私は「明日でいいや」そんな考えを持っていた。しかし、そのいつも通りの明日が来なかった。学校に行けることがどんなに幸せか、よく考えさせられた。

 一回の治療が終わると、次の治療まで少しの間外泊ができる。外泊できることはとても嬉しいのだが、病院に帰る時は、嫌で嫌で仕方がなかった。一度、病院から出れてもまた必ず戻ってこなくてはならない。病院で私を待っているものは、抗がん剤。嫌だった。なんで?って思った。普通の高校生なら、学校に行き、家に帰るのに、私は行く場所が家で帰る場所は病院だった。二十四時間つながれる点滴。二重トビラから外に出れず、窓も開けられなかった。入院生活を例えると、牢屋の中で鎖につながれているようだった。室内は一定の温度に保たれ、季節感が全く無かった。外に出たくてたまらなかった。外の空気が吸いたかった。外に出て、寒い、暑いっていう、気持ちを感じたかった。入院前、あたり前のように何かに気にすることもなく、外に出て、歩く。それだけのことがどんなに幸せなのか知った。抗がん剤が入れば、とても気持ち悪くなる。味覚がおかしくなり、何を食べてもおいしいと感じられない。食欲が全然無くて、何も食べれない時もあった。もう何もかもが嫌だった。逃げ出したかった。入院当初は、あふれるほどあったやる気は、気付けば、からっぽになっていた。私は心から笑うことができなくなっていた。笑っていても上辺だけの笑顔だった。不安でしかたなかった。「何が不安なの?」そう聞かれても、答えることはできない。なぜなら、私自身も何が不安なのか分からないからだ。早く外に出たい、と思う気持ちと同時にこわかった。

 私は今、無事退院して、外来で治療を受けている。約二年間、維持療法を行う。しかし、入院している時とは違って、学校に行けるようになった。不安な思いも、みんなが笑顔で迎えてくれたので、どこかへ飛んでいった。今、こうして何もぶらさげずに外を歩けること。学校に行って友だちと会えること。家族と一緒に生活できること。一つ一つのことがどんなに大切かが分かった。病気になって、失った物もあるが、得た物もある。その得た物を私は大事にしたいと思った。

 私はたくさんの人に感謝したい。一緒に病気と戦ってくれた先生や看護師さん。私を支えてくれた家族。私を待っていてくれた友達。献血をしてくれた方々。数え始めれば、きりがないほど私は助けてもらった。自分が病気であることに、何度腹が立っただろう。何度弱気になっただろう。それでも私は病気なんかに負けたくない。もしかしたら、がんが再発するかもしれない。また入院しなきゃいけなくなるかもしれない。まだまだ辛いことがたくさん待っていると思う。でもいつかは、この病気が治る日が必ず来る。私はその日まで最後まであきらめず、病気と戦いたい。

 私はこの経験で将来の夢が変わった。入院中、誰かが退院してもすぐに新しい人が入ってきた。その現実に私は悲しくなった。こんなにも病気で苦しんでいる人はたくさんいるんだと、気付かされた。抗がん剤の辛さは、体験した人しか分からない。だから私は、病気で苦しむ人たちを少しでも理解できるような看護師になりたい。みんなが今まで私を支えてくれた。次は私が支える番だ。そのためにも頑張って勉強して、今を精一杯生きたいと思う。