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<中高生の部> 優秀賞
「私の灯台」


奥田 佑麻(大分・高校3年)

 「さようなら、僕のふるさと。今まで本当にありがとう。」母のお腹をさすりながら涙が溢れるのを我慢できなかった。五年前の秋、母が子宮全摘出手術を受ける前の晩のことだ。母も私の頭を優しく撫でながら泣いていた。それを見つめる父の目にも光るものがあった。

 忘れもしない五年前の九月に全ては始まった。ある日私が学校から帰宅すると、仕事に行っているはずの父が肩を震わせて泣いていた。「男は絶対に泣くな。」と九州男児の父はいつも厳しく私に言っている。そんな父の涙に、とてつもなく嫌な予感がし、思わず両親の前に正座をした。

 「ママ…癌だった。検査の結果を待たなくても分かるくらい進行してるって…」絞り出すような父の言葉に頭を思いっきり殴られたようなショックを受けた。「でも、手術すれば大丈夫だよ…ね…」言いながら私の声も震えていた。母は「二人ともそんなに心配しないでも大丈夫!なるようにしかならないんだから。今は医療もどんどん進化しているし、きっとまた元気になるわ。」と明るく私たちを励ましてくれた。それからは授業を受けていても、友人と休み時間に話していても、頭の中は母の体に巣食っている病気のことが頭から離れなかった。家では普段どおりに振る舞い、少しでも両親を安心させようと精一杯の演技をしていた。が、誰かに私の心を支配している不安を解き放って欲しかった。そんな時、A先生からの電話が鳴った。父と母、そして私が絶大な信頼を寄せている病院の理事長がA先生である。先生は私が幼稚園の頃からずっと診察してくれている内科の医師だ。私をとても大切に可愛がってくれ、私も悩みや、迷いごとがあると必ず相談にのってもらっている。以前から体調が優れなかった母は先生の強い勧めでK病院で検査を受けたのだった。K病院からの連絡を受けた先生はすぐに私たちを病院に呼び、強く抱きしめてくれた。「佑麻くん、辛かったね。でもこれからは先生も佑麻くんと一緒に頑張るからね。大好きなお母さんのために力を合わせて頑張っていこう。どんなに大変でも、お母さんが一番辛いんだ。だから私たちで支えていこうな。ここが男の踏ん張り時だぞ。」そう言いながら先生も泣いていた。家族以外で一緒に涙を流してくれたのはA先生だけだった。これからの治療について話し合い、K病院で子宮全摘出手術と、抗がん剤治療を3クール受けることにした。それが母にとってベストな治療法だと先生は確信していた。

 手術は無事に終わり、抗がん剤治療を開始することになった。両親の強い希望により、2クール目からはA先生に投与してもらうことになり、転院した。子宮も失くし、治療で髪も失くした母の落胆ぶりが心配で、毎日病院に通った。正月でA先生は休みなのに、毎日母の病室で一日の大半を過ごしてくれた。そこで私に命の尊さ、生きていることの意味、たくさんのことを教えてくれた。「母が病気になった時、先生も一緒に泣いてくれたよね。あのとき、本当に心が楽になったんだ。有り難う。」と言うと、先生は照れながら「患者さんの苦しみ、悲しみは私の苦しみ、悲しみでもあるんだよ。」と…私は一番大切なことを気づかされた。患者さんだけでなく、その向こう側にいる患者さんを支える家族も医者は救わなければいけないのだということを。先生の「生きる姿勢」「医療に対する信念」そして最も大切な「患者さんの心に寄り添った医療」を目の当たりにした時、私は先生のような医師になりたい、いや、絶対になろうと心に決めた。

 私は勉強があまり得意ではない。模試の結果も惨憺(さんたん)たるものだ。しかし、A先生はいつも力強く励ましてくれる。「佑麻くんが医者にならなくて、誰がなるんだ。命の尊さを身をもって知っている君がならずしてどうする?例え世の中の人がみんな無理だと言っても、僕は君の可能性を信じているよ。僕は最大の応援者だからな。それを忘れないで。」この言葉に勇気をもらう。時々、本当に医学部に合格できるのかなと不安に押しつぶされそうになる。そんな時私は、A先生の姿に誓った自分の決意を思い出す。A先生は私の心の灯台だ。真っ暗な海で迷いそうになったとき、その灯りを目指し真っ直ぐに進めばいいのだ。どんな嵐の海でも私の進むべき道を照らしてくれている。そう、そこへ、そこへとひたすら進もう。私の灯台を目指して。

 今日も先生の病院の待合室はいっぱいだ。先生の診察は本当に長い。それは患者さんと家族の不安を丸ごと引き受けるA先生にしかできない医療だ。診察室に入るまでは暗い顔をしている人たちが、笑いながら診察室から出てくる。そして、私もまた元気と勇気をもらいに母と並んで待つ。そう、私の灯台は世界で最も明るく、皆に誇れる素晴らしい灯台だ。いつかそこまできっと辿り着くから、A先生、待ってて下さい。