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<小学生の部> 最優秀賞
「心をこめたエイサーおどり」


高松 将吾(東京・小学校3年)

 運動会の練習が始まったころ、ぼくは大学病院に入院しました。四日前から熱が三十九度以上もあって、起き上がれないほどつらかったからです。ぼくはウイルスに感せんして肝機能が低下し、血小板もとても少なくなり、血球貪食症候群という重い病気のうたがいがあったそうです。

 入院すると、ずっと点滴でトイレに行くこともできないと言われて、友達もいないし、家に帰りたいなとつくづく思いました。でもかんごしさんは交代で二十四時間部屋にいて、よぶとすぐ来てくれたし、夜中も点滴をかえたり熱をはかってくれました。お医者さんも朝来た先生が夜中も次の日も来ることがあり、いつどこでねているのかなと不思ぎでした。夜、となりの子が具合が悪くなった時はレントゲン技しの人が機械を持って写真をとりに来たからびっくりしました。ぼくは今まで元気だったから知らなかったけれど、病院で働いている人は、患者さんのことを思って二十四時間一生けん命に仕事をしていることがわかりました。

 四日後、ぼくは熱が下がり血小板も多くなってきたので退院できました。でもまだ肝機能が悪くて、すぐつかれるから学校には行けません。その時、はげましてくれたのは三年二組担任のH先生です。ぼくが連絡帳に運動会が心配と書いたら『今日は赤が勝ったけれど、高松君がいればきっと白が勝てる。』と返事をくれました。ぼくは、とてもうれしくて早く学校に行きたいなと思いました。

 ようやく登校できたのは、運動会の週の月曜日でした。でも楽しくなると思ったのは大まちがいでした。運動会でおどるエイサーがぼくはほとんどおどれないのに、みんなは全部おぼえていたからです。ぼくは運動会でできるのか自信がなくなってしまいました。

 水曜日は血液外来の日でした。ぼくが待合室で宿題をしていると、ぼう子をかぶった子や点滴をしている子が、うらやましそうにぼくのランドセルと校ぼうを見ていました。あの子たちは、病気で学校に行けないのかなと思いました。お母さんが「きっと白血病とかで長い間入院したり、強い薬でかみの毛がぬけたりしているんだと思うよ。」と教えてくれました。ぼくは『よし、あの子たちの分もがんばってエイサーをおどろう。』と思いました。それから学校でも家でも一生けん命練習しました。

 ついに土曜日は運動会です。ぼくは六十周年記念エイサーをがんばって必死におどりました。終わった時観客たちからは、拍手かっさいがおくられてきました。ぼくは元気になっておどれたことが、すごくうれしかった。病気をなおしてくれたお医者さんやかんごしさん、はげましてくれたH先生や学校のみんな、ぼくに勇気をくれた病院で会った子どもたち、みんなありがとうございました。

 今、ぼくは将来、人を助ける仕事がしたいと思い始めています。