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<一般の部> 厚生労働大臣賞
「輝いて生きるために」


保田 健太(神奈川)

 医療の発展に伴い、多くの命が救われることは素晴らしいことだ。だが、重い障害を抱え難局を乗り切れず、一生苦しむ現実があるのも確かだ。それは、到底言葉では言い表せない壮絶な戦いである。だから、関わり合う人達の理解や支え、何より心ある言動が不可欠であり、それが生きるエネルギーとなる。

 僕は「脳性麻痺による四肢体幹機能障害一級」という障害を抱え生きている。生まれた時「一生話すことも自分で何かすることもできない。」と言われた。自然に呼吸すること、食べ物を噛んで飲み込むこと、見ることなど、とにかく全身の筋肉が思うように動かない。頑張れば頑張る程、筋肉が硬直して動かない。簡単に言うと、人間が成長と共に自然にできるようになる全ての動作ができないということだ。だけど僕も母も諦めずに、一つひとつ訓練し生活動作を獲得していく道を選んだ。それは、真っ暗な海を泳いで渡るような感覚だ。更に、不安や苛立ち、悔しさなどが波のように押し寄せてくる。でも、そんな僕達を様々な形で応援してくれる人達がいた。だから僕達の涙は「誇れる笑顔」に変わり、何度も前を向けた。その度に少しずつ強くなれた。

 僕の訓練は生後すぐに始められ、現在も毎日継続している。まず、母は体の仕組みや機能を勉強し、脳の本をたくさん読んだ。その上で、医師や訓練の先生にアドバイスを受け、日常生活の中で訓練し定期的に指導を受けた。また、訓練の道具は高額なので色々自分で作っていた。野外訓練や遊びに取り入れたりして、なるべく楽しく工夫はしてくれていたが、三六五日の訓練は僕と母との戦いだった。母をここまで奮い立たせる根底には、生涯決して忘れられない言葉が二つあるという。

 一つ目は病名を告知された後、祖母が言った言葉だ。母は「脳性麻痺」という病名に震え、声も出せずに泣いていた。祖母は僕を抱き「健ちゃんのママは弱虫だね。お婆ちゃんがママだったら、お医者さんに百パーセント無理って言われても絶対に諦めないけどね。」と言った。負けず嫌いの母は今でもハッキリと覚えていて、挫けそうになると無意識のうちに頭に浮かぶという。二つ目はS先生からの言葉だ。最悪の状態から早く脱出しなければと考えた母は「私の脳を健太に移植してください!海外ならできるのではないですか!」と号泣した。先生は「できませんよ!もし、できたとしても健太は誰が育てるの!今、お母さんがやらなきゃいけないことは、人より多く健太を抱き締め、誰より多く話しかけることだよ!一緒に成長していくんだよ!」と叱咤激励した。穏やかで優しい口調の先生なので、僕には想像できないが、本当の優しさとはこういうものだと思った。先生の一撃で母は殻を突き破り、悲しみの生まれた場所は戦いの場へと変わった。母はこの二つの言葉をお守りに「健太を絶対に自立させ、社会に出られるまで頑張ろう。」と決意したそうだ。

 そして、僕にも道標となる言葉がある。それは、祖母が繰り返し贈ってくれた「健ちゃんにしかできないことが絶対あるから、自分を信じて頑張ってね。お金で買えないものを大切にしていれば、きっと幸せになれるよ。」という言葉だった。僕が夢に向かって頑張れている時は加速するパワーになり、また、自分が決めた道を忘れそうになった時は、何度も立ち上がる原動力となった。その後、祖母は亡くなり十年になるが、僕の胸に刻まれた言葉は、今も優しく語りかけ生きている。

 僕は十九歳になり自分の歩んできた路を顧みた。悔しさを抑えきれず全て母にぶつけた。何をするにも健常者とは全てのスタートラインが違う。「どうして自分だけが!僕の気持ちなんか誰にも分からない!」口にしても仕方ないことが、いつも頭の中で暴れた。でも、僕は人の中にいるのが大好きだった。それで、小・中学校はエレベーターのある普通校に通い、みんなと同じ教室で勉強した。僕にとって激動の日々だった。悔しいことも山ほどあったが、感動と感謝の九年間だった。

 だから僕は、両手・両足の手術を決意した。幼児期から担当医のK先生は、僕を認め主張もきちんと聞いてくれる。この時も僕の意思を尊重し手術をしてくれた。術後のリハは痛みを伴ったが乗り切った。リハのS先生は、僕が何を話しても穏やかに聞いてくれる、薬箱のような存在だ。母も二人の先生を信頼し、日々の訓練や先の見通しを立て相談している。僕達にとってベストパートナーなのだ。

 最後に、僕と母の命を救ってくれた方々に心から感謝したい。たとえ障害と闘う毎日であっても、生きているから、人と出逢い優しさに触れ、貴重な経験ができるのだ。僕はまだ、全ての自立はできていないけれど、社会に役立つ活動をしていこうと考えている。障害を抱えた僕だからこそ、できることがあると思うから。そして、その一歩が一人でも多くの人の笑顔を呼び、連鎖し、新たな一歩に繋がると信じたい!輝いて生きるために!!