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<一般の部> 優秀賞
「一番効く薬」


土路生 典子(東京都)

 直接命に関わらなくても、つらい病気はたくさんある。アトピー性皮膚炎もその一つではないだろうか。

 私は物心つく前から、重度のアトピーと診断されていた。眼科や歯科に行ったときでさえ、“これは大変だね”と先生に言われる。

 夜眠れないほどのかゆみはもとより、見た目にすぐ分かるので、慣れてしまっても他人の視線が気になることもあった。

 私の母は、なかなか治らないからと、いくつもの病院に連れて行った。保険診療外の薬、民間療法、効くというお茶やサプリ。しかし、なかなか湿疹は良くならなかった。

 近所に大きな病院ができて、そこがいいらしいからと行ったとき、私は中学生になっていた。むちゃな脱ステロイド剤をしたためか、私の体の皮膚は、ほとんどどこも残っていなかった。服は体液で体にはりついてしまい、目もかさぶたで開けにくい。かくどころではない。見た目を気にしてではなく、動けないために学校を休んでいた。

 新しい病院で私をみた医師は、原因を調べるために、血液検査をすすめた。

 私は注射が嫌いだ。好きな人は少ないと思うが本当に嫌なのだ。気持ち悪くなって倒れてしまう。まわりの人がなにかの発作かと心配するほど派手に倒れるらしい。分かっているから余計に緊張と恐怖がつのる。

 じっと黙った私の横で母が、すまなそうに〝この子注射すると倒れてしまうんです?と小声で言った。そのとたん、涙がこぼれた。止まらなかった。声が出ないように口に力を入れる。大つぶの水滴が握った手の上に落ちる。恥ずかしかった。注射も怖かった。〝重度ですね?〝頑張りましょう?〝我慢しましょう?これから言われるであろう言葉。生活態度はどうか、薬は忘れてないか。そんなこと分かっている。知ってる。これ以上いじくりまわされるのは嫌だ。体もつらいけれど、もちろん良くなりたいけれど本当はただ、穏やかな気持ちでいたかった。また今度も良くならないんじゃないかとか、ビクビクしたくなかった。

 先生は、しばらくして優しい口調で言った。

“いいのよ、検査は今すぐじゃなくても”

 初めて顔を上げて医師を見た。30代くらいだろうか、すっきりした顔のきれいな女の人だった。髪がゆるくウェーブして肩にかかっている。

“検査しても分からないこともあるしね”

 私は小さいころ、血液検査を受けたらしい。しかしそのときは、人よりアレルギー反応が強いというだけで、原因は分からなかった。

 先生は白くつるりとした肌をしていた。小さいころ通っていた病院では、美容師や動物関係の仕事には就けないと言われた。飲み薬に、副作用として妊娠しづらくなると書かれているのを見たこともある。医者に好感を持ったことはなかった。悪い先生たちだったわけではないと思うが、緊張している子供にとっては、みんな冷たくて怖かった。でも、この先生は続けて言った。

“私も昔、何リットル泣いたか分からない。病気でね”

 なんの、とは聞けなかったが、帰るまでずっとその言葉が耳に残った。

 母は会計を待つ間、まったくあんたは…と言いながらも、ほっとしているようにみえた。2人とも病気に疲れていた。結局、治療は基本的なステロイド剤に戻ることになった。

 でも、私の心は明らかに変わった。病院に行きたい、とさえ思った。その先生以外が診察することもあり、検査は、と聞かれて口ごもることもあった。急に症状が良くなったわけでもない。でも薬で体が楽になると、心も元気になった気がした。

 あれから15年ほどがたつ。自分の体調のパターンも把握でき、生活や食事をコントロールすることも覚えた。いつもうまくいくわけではないが、少しずつ良くなった。そして、悪化したときも、自分で自分を励ました。

 私、まだ何リットルも泣いてない。

 引っ越したりで、病院も替わり、あの先生に会うすべはない。でももし会えたら。伝えたい。薬の強さが3段階も下がりました。薬を使わないで過ごせることも多くなりました。実は血液検査も受けて(やはり倒れたけど)原因は特定しませんでした。愛する人と出会い、2人目の子供を産むことができました…。

 あの先生は、私のことは覚えていないだろう。でもあの時、私の心に寄りそい共感を示してくれたことを、今でも感謝している。先生が涙した病気は分からないけれど、心からの言葉が私を癒やしたのは確かだ。たった一言が一番の薬になったのだ。