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<一般の部> 優秀賞
「あの夏の空」


結城 圭子(静岡県)

 「本当だね。今日は空がかすんでいて良く見えないね……」。何気ない、看護師Hさんのこの言葉には、娘へのたくさんの愛情が詰まっておりました。

 最愛の娘。桜は3歳で白血病を発病し、つらい抗がん剤治療や臍帯血移植をしたにもかかわらず再発を繰り返し、小学校入学を目前に控えた6歳の時には余命を宣告されておりました。私は到底、この現実を受け入れることができず、それまで信頼してきた主治医のN先生からも見放されてしまったような気持ちになり、病院の医療関係者の方たちすべてが、まるで敵になったように感じていました。

 桜は移植の影響で、肺に大きな疾患も抱えてしまい、白血病の治療ができず、病状は急速に進み、夏の初めには家に帰ることもできない状態になっていました。食事は、ほんの一口程度しか口にできず、自分で寝返りすることも熟睡することさえ難しくなっていました。日ごとに、N先生からの説明は厳しいものとなっていき、私は徐々にN先生を避けるようになりました。

 ところが、桜が亡くなる1週間程前のある日の夜、N先生に呼び止められたのです。時間はすでに10時を過ぎておりました。

 「今日は、お母さんとちゃんと話がしたいと思って待っていました」と言われ、いつもと感じが違うN先生を不思議に思いながらも、面談室に主人と一緒に入りました。いったい何を言われるのだろうという不安と恐怖でいっぱいでした。けれど、N先生から出た言葉は意外なものだったのです。

 「私も本当に、できることなら桜ちゃんを助けてあげたい。本当にそう思っています」

 N先生の目からは涙があふれ出ていました。いつも気丈に淡々と説明をする、あのN先生が私に感情をぶつけてきてくれたのです。あの夜の話の内容は、あまりよく覚えていませんが、私にとっては、このN先生の一言だけで十分でした。先生も、桜を助けたいという気持ちは私たち家族と一緒なのだと伝わってきたからです。何としても桜の命を救ってあげたいけれど、現実はとても厳しく医師として先生なりの心の葛藤があったのだと思いました。N先生から桜に対する本当の気持ちを聞くことができたこの夜から、私の気持ちも大きく変化したように思います。

 これまで、桜の命が残り少ないことを受け入れられずに過ごしていましたが、この現実を受け止め、残された時間を大切にしようと、ようやく思えるようになったのです。

 桜に今、会いたい人がいるかを聞き、当時一番仲の良かった友達に会わせることができました。病室に泊まることも、躊躇しておりましたが、主人と一緒に夜もずっと桜に寄り添って家族の時間を大切にすることにしました。ある看護師さんは何も言わず、眠っている桜の顔を見に来てくれました。また別の看護師さんは、「お母さんも少し休んでください」と言って病室の前にテーブルを持ってきて、仕事をしながらずっと様子を見守ってくれました。

 そして、この頃、桜が毎日楽しみにしていたことがありました。外来時間が終わってからの夕方のお散歩です。車椅子にも乗ることができない状態になってからも、N先生がベッド式の車椅子を用意してくれたので、外の空気を吸いにお散歩に出かけることだけが、唯一の楽しみとなっておりました。

 そんな姿を先生方や看護師さんたちは、見守って下さっていたのですが、ある日、N先生から思いがけないことを言われました。

 「今日は、病院の屋上を開放してもらうから、私も一緒にお散歩に行ってもいいかな」。

 すてきな思い出を持たせてあげられると思うと、本当に有り難くて、涙が止まりませんでした。

 そして、夕方。さらに信じられないことに、屋上では、病棟の看護師さんのほとんどの方が桜を出迎えてくれたのです。桜はとても気持ちが良さそうにしていました。けれど、こんなことを言ったのです。

「何だか、ぼやけていてお空が見えないよ」

 私は、もうすでに目が見えていないのだと気付きましたが、何と答えて良いのか戸惑い口ごもっていると、看護師のHさんが、

「本当だね。今日は空がかすんでいて良く見えないね」と、言ってくれたのです。そのさりげない言葉の愛情に、桜はこんなにもたくさんの人たちに愛されていたのだと実感したのでした。

 その2日後、桜は本当に安らかに眠りにつきました。たくさんの愛情に包まれながら。

 あれから9年の月日がたちました。今でも夏の夕暮れ時には、あの日のお散歩のことを思い出します。桜にとっても、遺された私たち家族にとっても、かけがえのない時間でした。 

 今、こうして前向きに生きていけるのも、「桜は愛されていた」という実感が、ここにあるからなのだと思います。