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<一般の部> 優秀賞
「一一〇歳の患者と八五歳の医師」


小﨑 佳奈子(兵庫県)

 M医師と初めて出会ったのは大学病院の診察室である。一番末の息子さんが生まれたばかりであったが、もう3年生になったそうで、9年近くもつき合ってもらっている。

 左膝の半月板を傷めていたので、いつも関節に注射を打ってもらっていた。針の微妙な位置の違いで、大変痛かったり、それほどでなかったりした。医師はいつも平然として、

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」

と言いながら、針を刺した。私が、

「今日は、あまり痛くないです」

と言うと、満足そうな笑顔で言った。

「今日は、当たりですね」

 大学病院なので、時折、数名の医師の卵が見学に来た。私の注射で血が一滴も出ないと、

「スゴイ…」

と、感嘆の声を上げた。

 半月板の手術を終えて、しばらくして、M医師は大学病院を辞し、開業医となった。

 その後、私は脊柱管狭窄症を患った。何回かのブロック注射の後、手術を受けた。

「あなたは知らないだろうけど、全身麻酔がさめかかっている時のイビキはすごかった」と言われて、恥ずかしくなった。全身麻酔の怖さは、何が起こっているのか、本人には全く分からないところにある。気がついたら、事は終わっている。患者は全幅の信頼をおいて、医師に全身をゆだねる。

 その後、腰椎にいくつものヘルニアが起きて、現在もブロック注射に通っている。

 私には壮大な夢がある。100歳まで生きて、NHKの「のど自慢」に出て特別賞をもらうことである。90歳以上の人が元気に歌えば、あまり上手でなくても「特別賞」の、まあるいトロフィーをもらっているのが分かったからだ。100歳なら満場の喝采を浴びながら、余裕でトロフィーを受け取れる。

 医師は、以前に、かなり真剣な表情で、

「あなたが死ぬまで、めんどうをみます」

と、ありがたいお言葉をくださった。

 そこで、自分は100歳まで生きるつもりだと言うと、医師は笑いながら言った。

「統計的に見て、外科医は早死にするらしい。だから、そこそこで、早めにくたばってもらわなければ困る」

「医師が患者に『早くくたばってもらわないと困る』などと言って、いいんですか」

 私が笑いながら言うと、そばの看護師さんたちは、目を白黒させている。注射の前に、

「当たるも八卦、当たらぬも八卦ですね」

「なつかしいな」

と会話すると、彼女たちは不思議そうな表情。

 長い年月の間に、そんな冗談の言える関係ができたのだ。まさか、新しい患者に「早くくたばってもらわないと」とは言えないだろう。もしも言ったら、ただではすまない。

 同じ「先生」と呼ばれる身でも、医師と教師とは大違いだ。教師は1日に1回くらいは大笑いすることがあるが、医師は、たいていの患者は「どこそこが痛い」などと訴えるわけだから、声をたてて笑うようなことは、めったにないだろう。

 だから、実は迷惑な話かも知れないが「私だけでも、せめて…」と冗談を言う。

 M医師は、私の訴えにあまり同情することはないが、とても痛い仙骨あたりへのブロック注射の時は、針を刺す前に医療とは無関係の心和らぐようなことを語りかけて気をまぎらせてくれる。せめてもの心優しいサービスだろうと、いつも感謝している。

 敬老の日が近づくと、テレビや新聞が、100歳以上の人数を発表した。何と58824人だとのこと。もうすぐ6万人を超えるだろう。こんなに多いのでは、100歳まで生きても話題性は、あまりないと思った。

 最高齢の女性は116歳だそうで、まだ表情豊かである。110歳まで生きれば、かなりの話題性があり、もてはやされるだろう。

 そこで「100歳まで生きる」という目標を「110歳まで生きる」に変更しようと決意した。

 次のブロック注射の時に、私は言った。

「100歳まで生きると言っていましたが、ありふれているので、110歳に変えました。死ぬまで面倒をみてくださいね」

 すると、医師は頭の中で計算してから、

「その時、私は85歳です。85歳の医師からブロック注射を受けたいですか」

と聞いた。私は、ちょっと想像してみて、

「指先が震えたりして、怖いですかね」

と言った。医師は、笑いながら、

「でしょう。第一、そこまでは長生きできません」

と言ってから、真顔になって注射を始めた。

「医者の不養生」と言うけれど、不規則な食事・寝不足・運動不足などが重なるので、長寿は無理かも知れない。

 110歳になってもまだブロック注射を受けているなんて悲劇ではあるが、110歳の患者と85歳の医師は絵になると思っている。