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【一般の部】<入選>
「心の支え、ベイリー」


梅原 美恵(神奈川県)

 ホスピタル・ファシリティドッグのベイリーとの出会いは3年ほど前。娘が検査のために、こども病院に日帰り入院をした時のことでした。

 眠りから覚めてベッドでぼうっとしている娘の病室の横を、白いふさふさしたものが通ったのです。ゴールデンレトリバーでした。衛生面で厳しい病院に犬がいたので一瞬驚きましたが、私は慌てて犬を連れているハンドラーのMさんを呼びとめたのでした。「娘は、動物が大好きなのです」と言うと、Mさんは快く犬を連れてベッドの脇まで来て下さいました。娘は、大きな犬を見てびっくり。もっとそばで見たかったのですが、点滴もしていましたので、起き上がることができません。そんな状況を察してか、Mさんは餌をとりだし、娘の前で2、3回食べさせました。美味(おい)しそうに食べている様子を見て娘も嬉し(うれし)そうにしていました。そして名刺を頂きました。名刺には「ベイリー」と名前が書いてありました。

 家に帰ってホームページを見てみると、ベイリーが生まれながらにして選ばれた犬で、その性格も穏やかでフレンドリーであること、ハワイで特別な訓練を受けてきたこと、犬から人への感染症には問題なく衛生面でも配慮されていること、以前看護師だったMさんとの出会いやファシリティドッグの役割、そして日本にはまだ2頭しかいないことを知りました。

 今年、娘は6年生になりました。大なり小なり、幾つめの手術になるのでしょうか。娘の人生の上でも節目となるような大きな手術がありました。

 それは、頚椎(けいつい)の手術です。生まれながら後頭骨の一部が出ていて、脊髄を通る神経を圧迫しているため、何かの衝撃で麻痺(まひ)が出たり、最悪の場合呼吸が停止する恐れがあるとのことで、手術を勧められたのでした。その内容は、出っ張った骨を切り取り、更に金具と腰骨の移植で首と後頭骨を補強するというものでした。また、首と頭を固定するために3か月の入院となります。

 計画入院とは言え、知的障害のある娘にどのように説明したらいいか。騙(だま)し騙しの入院、手術でした。

 8時間の手術を終え戻ってきた娘は、髪を剃られ、頭をボルトで固定された痛々しい姿でした。自分の姿を見たらどう思うのだろう。重い、自由の利かない装具を着けられ、家族と離れての生活。きっと拷問にでもあわされている気持ちではないか。何度も罪悪感に襲われました。「家に帰る!」「これ、とって!」。そう言ってしばらく涙を流していました。

 ICUから一般病棟に戻ってきた翌日、大好きなプレイルームに保育士さんが誘って下さいましたが、行きたがらなかったようです。とてもそんな気分ではなかったのでしょう。ところが、その日の午後にベイリーの訪問がありました。娘は、ベイリーが来たことを知ると「行く」と言って車椅子でベイリーのいるプレイルームに行きました。重い装具にまだ慣れず、体を傾け、車椅子から落ちそうになりながらも、ベイリーの様子を満足そうに見ていました。その日以来、何度ベイリーと遊んだことでしょう。週2回の訪問が楽しみで楽しみで、いつも周りの人に「ベイリーは?」と聞いていました。ベイリーがやってくると、床にベイリーが寝転ぶためのシートを広げ、餌をあげたり水をあげたり、口を拭き、毛並みを揃(そろ)え、まるでハンドラーのMさんになったかのようにお世話をするのでした。しっぽや髭(ひげ)をいじられても、ベイリーはびくともしません。堂々とゴロンとなり心地よさそうにいつもしていました。

 そんなある日、医師から外泊許可が出ました。2か月ぶりに家に帰ることが出来るのです。しかし、手放しで喜ぶことができませんでした。一度家に帰ったら、もう二度と病院には行かないと言うのではないか。家族皆そう思いました。実際、外泊して病院に戻ってきた時に泣いているお友達もいました。娘に、一時帰宅が理解できるのだろうか。家族の心配もよそに、帰宅した当の本人は、月曜日にベイリーが来るから病院に戻ると言って、さっさと戻る準備を始め、家族を驚かせたのでした。

 沢山(たくさん)心配事もありましたが、ベイリーがいるから大丈夫と家族も思えるようになりました。ベイリーは、娘の心の支えであり、いつしか家族にとっても支えとなりました。ベイリーあっての入院生活、ベイリーに感謝です。

 心身ともに成長段階にある子供の入院に、「心のケア」の必要性を実感すると同時に、このようなホスピタル・ファシリティドッグの取り組みが、全国のこども病院に広がっていくことを心から願っています。

 退院から数か月過ぎた今も、ベイリーの写真を見ては嬉しそうにしている娘です。