日本医師会賞

「K先生の『聴く』くすり」

杉浦 美紀(49歳)
名古屋市・デザイン事務所経営

 

 三重県の津市に住む私の母は七十三歳。父亡きあと、ひとり暮らしを続けて十三年になる。趣味の園芸を楽しみ、元気で過ごしていたが、二年ほど前から膝が痛いとこぼすようになった。

 そんなある日、受話器をとった私の耳に、いつになく明るい母の声が響いた。聞けば姪のように親しくしている年下の友人が、痛みの治療で定評のあるKクリニックというところへ連れていってくれたという。院長のK先生は七十を超えた人だが、注射が上手でとてもいいお医者だ、痛みがとれて久々に気分が晴れた、と母は喜んでいた。

 それからしばらくして、母の通院日に合わせて私は実家に赴いた。母の治療に同行して、K先生にご挨拶をしておこうと思ったのだ。

 Kクリニックは内装に木のぬくもりがある明るく素朴な医院であった。待合室には七人ほどの患者さんが順番を待っていて、母は自分と同年輩の女性の隣に腰かけた。すぐにどちらからともなくおしゃべりが始まった。その話に耳を傾けていて、私は驚いた。その人は大阪に引っ越したのちも、津市のこのK クリニックへ、三時間以上もかけて通院しているのである。「知りあいに教えてもらった病院にかかったんですけどな、そこの先生はあまり私の話を聞いてくれへんのです。治療てゆうても、もうホントにさささーっですわ。こんなんでは効く薬も効きませんわ」

 母は、「そらそうやわ」と同調し、おしゃべりはにぎやかになった。ふと私は、診察室からも同じくらいにぎやかな声が聞こえてくるのに気づいた。不思議な気がした。痛みの治療をする場というのは、もっと深刻なムードが漂っていると思っていたからだ。

 順番が来て、私は母と一緒に診察室に入った。ドアを開けたとたん、K 先生と目が合った。ああ、と私は心の中でつぶやいた。懐かしい思いがした。子供のころ、よく似た感じのお医者さんに診てもらったことがあるような、そんな懐かしさである。白髪まじりの短髪にメガネ。細い目をさらに細めた笑顔。

 半袖の白衣姿の先生は、私が名古屋から来たことを告げると、わざわざイスから立ち上がって私をねぎらい、母の症状を詳しく説明してくれた。私は待合室で一緒になった方の話をし、先生は何か特別な方法で痛みの治療をなさるのかと聞いた。先生は笑って首を横に振った。

 「なぁんにも特別なことはしてません。ごくありきたりの注射、ごくごくありきたりの薬です。ただね、患者さんの痛みの訴えはじっくり聴かさしていただいて、なぜ痛むのかという痛みの仕組みをわかりやすく説明します。その上でどういう治療をするのかも話をして『これで治ります』と言い切っちゃう」

 先生はそう言って、わはははと高らかに笑い、「たぶん患者さんはそれで安心されて、ああ治るんだと。それが薬の効果をよくしてるんじゃないんですかねぇ」

 とにかく「聴く」か。それはとても素晴らしいことだが、時間がかかる。でも母と私は今日、そんなに長い間、待っていなかったような気がする。それを口にすると、先生からこんな言葉が返ってきた。「一度じっくりお話を聞かせていただいて、お互い多少なりともわかりあうと、次からのコミュニケーションは短時間でとれるものなんですよ。あなたのお母さんなんか、私がもうちょっといてほしいなぁと思っても、ほなサイナラって帰ってしまわれるんです」

 先生のとぼけた口調に、「うそばっかし」と母がおどけて口をとがらせた。私はほんわりとした気分になって、先生に言った。「先生みたいな方に母を診ていただけて、私はもう大安心で帰れます」

 「いやいやお恥ずかしい。ところが私もね、最近は患者さんの方から『先生、体に気ィつけなアカンよ』って、よう言われますし、どっちが患者かわかりませんわ。でもね、私なんか実は患者さんを診さしてもらうことで、自分が患者さんに診てもらっとるんですな。患者さんにお金払わなあかんかもしれません」。冗談好きの母が先生に向かってすかさず手を出し、私たち三人ははじけたように笑いあった。

 クリニックを出て車に乗り込み、シートベルトを締めながら私は母に言った。「お母さん、よかったね」。母はいぶかしそうな顔をした。「何が?」

 ま、いいか……。私は口もとをほころばせたまま、車を走らせた