佳 作

「傷跡を見つめて」

織田朱里(27歳)
千葉県浦安市・会社員

 

 「この位置から切ります」。その医師は、指で私の体ののどのくぼみの辺りを押さえて言いました。これから私が受ける手術の説明を聞いていた最中の事です。

 「えっ、ここからだと服からはみ出てしまう!」。思いもかけない言葉に、思わず叫んでしまった私に、「切る位置を下にずらすほど、成功率は下がるよ。傷の方が大切なの? それとも命が大切なの?」その医師は鋭い視線を私に向けながら、たたみかけるように続けました。私は射すくめられ、黙り込むしかありませんでした。

 生まれつき心臓に欠陥があった私は、幼いころから、いつかは心臓の手術を受けなければならないと聞かされて育ちました。階段を上ることが出来ず、食後は一歩たりとも動けない、そんな状態から格段に良くなるであろうといわれる手術、その手術を受けることに迷いはありませんでした。ただ、物心がついたころから、通院が日常生活の一部であった私にとって、病院の先生は、仲の良いお兄さんであり、親切でやさしく、頼れる存在でした。だから多少のわがままは許されると甘えていたのかもしれません。

 (そりゃ命は大切だけど、ちょっとぐらい下に下げても平気じゃん)。心の中ではそんな思いがいつまでも消えませんでした。十七歳という年齢だった私にとって、手術を行うということ=体を傷つけられてしまう、ということの方が重大な出来事だったのです。

 手術は無事成功しました。階段さえ上ることが出来なかった私が、皆と同じように動き回り、自転車を乗り回し、スポーツも出来るようになりました。傷跡が医師が指で押した位置から刻まれていたことなど、はるかかなたに遠のき、私ははしゃいでいました。時折、私を心配する「あまりはしゃいじゃだめだよ」「体を大切にしなさい」という病院の先生の注意や忠告など、全く耳に届きませんでした。

 そんなある日、執刀医である医師の術後定期検診の時の出来事です。検診後、診断結果を聞こうと、その医師を見つめた瞬間、「これ以上、君の体はどんなに鍛えても良くなることは決してない。弱っていくのを食い止めることしか出来ない。体を大切にしなければ、その弱っていくのを早めるだけだ。これから先も生きていきたいだろう?」

 衝撃の一言でした。この言葉は私が描いていた将来を粉々に砕きました。皆と同じように体を鍛えたり、スポーツをしたり、出来ると信じていた未来は、私にはやってこないのです。私は叫び声を上げて泣きました。そしてその医師を心の底から憎みました。喜びを、勇気を与えてくれるはずだった病院の先生が、患者をならくの底に突き落とす。そんなことがあっていいのか! のどのくぼみの所から刻まれた傷跡が、血を噴きあげているかのごとき痛みで私に襲いかかりました。

 ちょうど今年、手術を受けて十年がたちます。相変わらず私の体には縦に一本の傷跡があります。多分皮膚の性質でしょう。傷は赤く盛り上がったまま薄くなることはありません。夏に限らず一年中、ちょっと首回りの大きく開いた服を着ると傷跡が見えてしまい、「それキスマーク?」と周りの人から聞かれることもあります。そんな時思わず、傷跡を手で隠してしまう自分がいます。

 傷跡は、私が望んだより高い所から刻まれています。同時に、あの医師の一言は私が描いていた未来を粉々に砕きました。でも私はそれと引き換えに、確かな現在を手に入れました。ゆっくりではあるけれど、いろんな所を歩き、自転車をこぎ、途中で休みながら階段を上りきり、時にはスポーツをして汗を流す…そんな生活を送っています。そして毎日一回決められた薬を飲み、定期的に病院で検査を受けます。時には体についての注意、忠告を受けたりします。そんな時には納得するまで理由を聞き出し、今の自分の体の状態を理解します。

 あの医師の一言は、私に自分の体と正面から向き合う力をくれました。今の自分はどんな状態で、そのために何をしなければならないのか。何かを手に入れるために、何を犠牲にしなければならないのかと。毎日全身を鏡に映し、自分の体に刻まれた傷跡を見つめ、考えます。あの医師は100%の力で私に向き合おうとしてくれていた。だから当然私も100%の力で向き合うべきでした。そして手に入れた体を100%の力で守っていく義務が私にはあったのです。

 今は遠く離れていて、その医師に会うことはありません。しかし今もきっと100%の力で他の多くの患者と向き合っているはずです。そして私は100%の力でこの体を守っていく。それがあの時、医師に言われた「生きていきたいだろう?」という問いかけに対する私の答えです。