白クマ
日医白クマ通信 No.909
2008年4月28日(月)


日医ニュース1120号
オピニオン ―各界有識者からの提言―

「世界一の医療を守るには」

 日医ニュースでは、各界の有識者より、医療に対する提言を頂いております。
 今回は、日本金融財政研究所長であります、菊池英博氏に「混合診療」「後期高齢者制度」について、提言していただきましたので、紹介いたします。
 本文は、日医ニュース1120(5月5日)号に掲載。

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「世界一の医療を守るには」

─「混合診療自由化」は国民皆保険を破壊する大きな罠─
─財政危機はウソ、日本国民の預貯金をわれわれのために使おう─

菊池英博(日本金融財政研究所長)


 日本の医療システムが崩壊の危機に瀕している。特に、地方の公立病院は深刻な医師不足に見舞われ、産婦人科、小児科をはじめ、診療科を閉鎖する病院が相次いでいる。妊婦の「たらい回し」、救急患者の「受け入れ拒否」など、今まで日本では考えられなかった悲惨な事件が頻発している。急速に日本の医療システムが崩壊し始めたのは、小泉構造改革による診療報酬の二度にわたる大幅削減によって、医療システム維持のための必要最低限の経費すら不足する事態に陥ったからである。そのうえ、2006年6月16日に衆議院で強行採決された「医療制度改革関連法」によって、「2007年度から五年間で社会保障費を1.6兆円削減する。高齢者の病床を38万床から60%削減して15万床にする」ことが決まり、2007年度から診療報酬と薬価合計で毎年3,000億円削減され始めているのである。こうした乱暴な医療費の削減によって、日本の医療システムがすでに崩壊しているといっても過言ではない。4月1日から始まった「後期高齢者医療制度」こそ、世界に冠たる国民皆保険制度を完全に崩壊させる決定的な第一歩である。

 1994年から始まった、アメリカから日本への「対日年次要望書」によって、アメリカ側から「混合診療の認可」と「公的医療費の圧縮」が要望されており、これに便乗して社会保障関連の財政支出を削減しようとしたのが、政府・財務省である。小泉内閣は「構造改革」と称して、デフレが進んでいる時には絶対にしてはならない緊縮財政(投資関連支出・地方交付税交付金の削減)を強行し、デフレの結果、増加した不良債権を加速処理することによって、実態経済を極端に萎縮させ、税収が大幅に落ちこんでしまった。このツケ回しが定率減税の廃止(3.3兆円の所得税アップ)であり、医療費の増加が財政赤字の原因であると財務省が宣伝して、消費税を引き上げようとしている。

 しかし、「社会保障関連の増加が財政赤字の原因である」という財務省の主張は、事実に反する。GDP(国内総生産)に占める政府の医療費支出が日本よりも大きいイギリス、ドイツ、フランスなどの方が、日本よりも財政状態(財政赤字のGDP比)が良好なのである。つまり、日本にとって、医療費の増加が財政赤字の原因ではないのに、医療費の増加にこじつけて、「構造改革失敗のツケ」を医療費圧縮に回してきているのである。

図表 日本は財政危機ではない


 政府は十年前から財政危機を煽り、最近の数字では830兆円の債務(「粗債務」)があると宣伝している。しかし、内閣府の国民経済計算から推測すれば、政府が580兆円程度の金融資産を保有しており、粗債務から金融資産を控除した「純債務」は250兆円程度であって、政府の実質的な債務は政府発表の三分の一程度に過ぎない(図表参照)。政府は粗債務(借り入れ)だけで危機を煽る。しかし、その政府が580兆円に達する金融資産を保有しており、国民の積み立て資金として社会保障基金で260兆円と外貨準備金110兆円もあり、その運用益だけでも毎年10兆〜15兆円ぐらいの財源がある。また、個人の金融資産は毎年30兆円増加しており、新規国債を十分吸収できる。国民の預貯金を国民のために活用して景気振興策を図れば、税収が増加し、財政赤字など雲散霧消し、医療に資金が回せるのである。

●混合診療自由化が国民皆保険を破壊する。認めてはならない。

 政府は、イギリスで失敗し、アメリカでさらに医療システムを崩壊させている市場原理型医療システムを強引に日本に導入しようとしており、その突破口として、混合診療を全面的に自由化させようとしている。導入推進者は、「混合診療を認めれば、未承認の新薬や治療法を利用しやすくなる」と有利な点を強調する。

 しかし、実態は、「自由診療」分野(保険外診療)で扱う厚生労働省が認可していない医術や薬品は、製薬会社や病院が自由に価格を決めるため、より利益の上がる商品となる。これによって、診療費は高騰する。保険会社は自由診療向け保険といった新種保険を開発するなど、外資系の保険会社、製薬会社が中心となって、医療保険に対する公的支出を削減しろという圧力を掛けてくる。つまり、混合診療は市場原理型医療への突破口となるのだ。そうなると、「健康と人命には貧富の差がない」という国民皆健康保険が崩され、「貧乏人は医者にかかれない」ことになる。混合診療の自由化要求は、国民皆保険制度破壊を狙う罠であり、絶対に認めてはならない。

●後期高齢者医療制度は国民皆保険崩壊への決定的第一歩、早急に凍結。

 「後期高齢者医療制度」は、75歳以上の高齢者1,300万人を今までの健康保険制度から分離し、「介護保険料」に加えて、全員から保険料を徴収する「新しい保険制度」である。その特徴は、(1)今まで家族の扶養家族として保険料を支払っていなかった人まで年金から天引きで保険料を徴収される(2)保険者は、地域的広域連合(都道府県単位)になり、医療費支出が大きい地域ほど加入者の保険料が高くなる仕組みになっている(3)各地域連合ごとに保険料が違い、二年で財政均衡を目標としており、高齢者が多い地域ほど、保険料が高くなるであろう。この方針こそ、国民皆保険を崩すものだ(4)「医療費の適正化」という建前のもとで、「主治医制度」を設け、主治医の診療報酬は「月額6,000円」に制限され、患者が別の医師に診療を求めにくくなり、また必要な検査が制限されることになるであろう。

 後期高齢者医療制度は、日本が財政危機ではないのに、市場原理型医療システムを導入して、高齢者の「心と命を犠牲にして国民医療費の抑制を図ろうとする」政策である。

●こうすれば世界一の医療システムを堅持できる。

 提案(1)2006年6月の「医療制度改革法案」を全面的に凍結する(2)混合診療の認可を絶対に認めない(3)当面の医師不足対策として、早急に看護師・勤務職員といった医療職以外の人員の倍増を図る(アメリカには、この種の職員が日本の十倍いる)(4)日本の医療費のGDP比率は8%であり、OECD加盟国平均9%より1%(5兆円)少ない。早急にこのギャップを埋め、短期間に診療報酬を増額し、さらに十年単位の計画として、病院の近代化、看護施設の充実、高齢者の医療施設の開発など、新規分野への医療費を増やす(5兆円)。

 これらの資金は、われわれ国民の預貯金と政府保有の金融資産を活用していけば、増税なしで調達できるのだ。こういう政治と政策が望まれる。

(菊池英博  東京大学卒。旧東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)を経て、文京学院大学教授。衆参両院の予算公聴会で「積極財政が日本を救う」と公述。2007年4月より現職・経済アナリスト)


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