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世界医師会講演06.10.12

日本の医療制度の現況と将来像

宝住与一
日本医師会副会長


 本日は日本の医療制度の概要についてお話し、その中で今回のテーマである投資としての医療について触れてみたいと思います。 

 約60年前における日本の状況は、戦後復興が始まった時期で、食料の状況も悪く、国民の栄養状態、そして衛生環境も極度に悪化し、都市や農山村を問わず感染症や様々な疾患の罹患率が高く平均寿命も1947年男性50才、女性54才といった状況で医療はまったく不十分な状況でありました。 

 第二次世界大戦において、わが国は約185万人の人的犠牲者と、殆どの都市が焦土と化し、国富の損失をもたらしました。戦後のわが国の社会保障制度の再構築は占領軍としてのGHQの強力な指導の下、新たな憲法の制定とともに進められました。新たな日本国憲法、第11条、基本的人権の享有との趣旨に基づき、第25条では国民の生存権を保障し、国の社会的使命としてその第2項で、「国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と制定しました。この様な戦後の荒廃した厳しい状況の中から再出発をしたわが国は、国民の多くの努力によって社会の産業・経済・教育などの状況も徐々にしかも確実に向上し始めました。

 日常の生活環境においても次第に改善が図られるようになりました。衛生環境の第一の課題である水道水の供給と水質管理の整備が進み、飲料水などの清浄な生活用水が確保され、衛生的な食品供給と摂取、衣服の清潔が保たれるようになりました。1956年頃にはもはや戦後ではないといわれ、平均寿命男性63.6才、女性67.75才と延伸し、好景気を謳歌する経済発展期に入りました。住宅の整備も進み、冷蔵庫、洗濯機そしてテレビなどの電気機器が普及すると同時に、医療機関もレントゲン機器、心電図そして内視鏡といった医療器械が急速に普及、医療技術も急速に発展しました。特に日常生活が全国的に衛生的となり下水道が完備し汚水の処理と環境に対する配慮が進んで国民の活動に大きく貢献しました。

 しかし、産業が進展してくる過程で煤煙による大気の汚染や工場排水による様々な公害が発生し環境汚染が危惧される状況も発生しこの対策に多くの努力が払われました。この様な中で、食塩の過剰摂取や蛋白摂取についての、健康管理対策が普及するとともに、疾病対策として検診事業が盛んに実施され、胃がんの集団検診や事業所の検診事業が行われ発生頻度の高い疾病に対する早期発見や予防検診が全国的な規模で展開されるようになり多くの成果を上げてきました。この様な経緯の中で30年ほど以前からは国民の栄養状態も改善し感染症も多くが減少し、2002年には国民の平均寿命は男性78才、女性85才を超え世界最長寿国となったのです。

 わが国は周囲を海に囲まれ、平野部は広くなく、90%以上が樹木に覆われる山岳の国土です。毎年のように大小の自然災害に襲われます。火山国でもあり巨大地震、直下型地震などのほか、台風の来襲によって、風水害が季節的に繰り返されています。降雨量が豊富なことは樹木の育成がよいこと、河川が多く、流れが速いことが特徴で、大陸に比べ水源から海に流れ込むまでが短距離であり、豊富で清冽な河川は水の利用に多くの工夫がなされ、稲作用水、水力発電など大きな役割を果たしています。わが国はエネルギー源となる石油、天然ガスなどは産出されず、鉱物資源も少ない国です。

 したがってわが国産業の方向は、外国から資源を輸入し、多彩で独創的な加工技術を駆使し、知的付加価値の高い産業生産を推進し、高度な情報化とともに金融・流通・サービスなどの分野の産業構造がいっそう推進され、経済の活性化される方向にあります。旧来の米穀類の生産や果樹、野菜の生産などは生産方法に多くの工夫がなされ、国内生産とともに生産技術の開発は海外への技術伝播としてこれら産業技術輸出は重要な産業となっており国際貢献にも一役買っています。このほか遠洋・近海漁業が盛んであり、養殖の工夫がなされ資源保護策としてこの技術の開発と振興策も重要となっており、外国への輸出産業としての規模は小さいが技術開発と技術伝播への貢献度も高い状況です。産業革命以来のわが国の基本政策は教育制度の充実であり、国民は知的産業振興への取り組みにより、科学技術の発達と世界貢献に外国からの評価と大きな恩恵を受けていることに理解をしています。

 国内交通機関の発達は多くの人々や物資を全国いかなる地域でも半日以内には輸送できる体制を維持し、情報は即時的に全国各地に伝達されています。
救急・災害医療にとって大きな前進でありました。このような発展の中で1950年代からはそれまで不足の状況であった病院、診療所、医師、看護師など医療提供を支える基盤が徐々に増加し地域の医療が進展されるようになりました。医療保険制度も分野的に独自に運営されていた制度で存続していましたが、保険未加入の人々も多数存在する期間が続いていました。日本医師会は個別的な保険の制度の統合化と全体への拡充を提言し、ようやく1961年にこれら健康保険事業を発展させ国民すべてが加入する国民皆保険制度が発足しました。この制度は成立過程によって、分野的に大きく分けて4グループに分かれています。

 全国的に中小の企業による政府管掌保険、多くの大企業による組合管掌保険、地域の自治体による国民健康保険、そして同じく地域的な同業事業所が構成する国保組合保険など、国民はすべてその職種や所属によって、これら保険の何れかに必ず加入をするように規定されました。この制度の確立により、国民は全国、何時でも何処においても、保険加入者である事を証明する被保険者証を提示すれば少ない自己負担で特別の審査も必要とせず、平等に医療を受けることができるシステムを構築しました。診療を担当した医療機関は出来高払い制度という診療報酬支払い制度によって公費負担の部分の支払いを受ける制度であり、詳細な診療内容をチェックする診療報酬審査支払い機関の機能発揮によって安定した制度運営が図られています。

 医療機関の整備充実とこの医療保険制度の実施によって地域の医療提供体制に大きな前進と、平等な形での医療提供という大きな恩恵が提供されるようになりました。

 それぞれの医療保険は成立の歴史と加入企業や団体の構成によって保険料の徴収は様々だが政府管掌保険が最も規模が大きく、事業主負担と加入者負担に加えさらに公的な給付も賦課されています。

 この様な状況で国民医療を支える大きな柱として、日本医師会は積極的にこの制度の維持、確立に尽力し、全国医療機関の協力を持って、国民皆保険制度はわが国の医療制度に大きな貢献を果たしてきました。

 わが国の前述のような経済産業の発展に伴い、衛生環境の整備も進み、国民の栄養状況の改善あるいは医療の普遍平等の提供体制などによって、救急医療体制の整備、慢性期医療の向上などが図られました。

 2000、2004年、世界保健機関、WHOは世界有数の長寿国として評価され、優れた医療制度として認められたところです。健康達成度の各国比較では総合評価世界一であり、2002年の平均寿命は男性78.4才女性85.3才で世界一長く、乳幼児死亡率の低さでも世界トップレベルとなっています。日本の医療保険制度は先進諸国中最も成果を上げている優れた制度であります。国民総生産は1970年代より飛躍的に向上し、国民の健康志向と医療に関する意識の上昇と、医学・医療技術の向上とともに、わが国の医療費総額は次第に増加の傾向をたどり、医療保険制度の制度運営に幾度もの改定が繰り返されて来ました。

 合計特殊出生率は1980年代以降様々な要因によって、2.0以下となり、2005年には1.25という著明な減少を示し、わが国は急速に世界でも最も急速にしかも、少子高齢社会に突入しました。

 前述のように、わが国の医療費は先進諸国との比較でも決して高いとはいえません。国内総生産に対する総医療費(対GDP比)7.9%で、第17番目という低い医療費です。しかし毎年増加する高齢者医療費の軽減をはかり、高齢要介護者を対象にした介護保険制度を2000年わが国は、全国各市町村単位での介護保険制度を創設しました。要介護度を申請によって判定し、介護必要度に応じ適切な介護サービスを提供するものです。

 ここで、このシンポジウムのテーマである投資としての医療について触れてみます。

 わが国の人口動態を考慮すると、生産年齢人口そのものを押し上げることは困難であっても、健康な高齢者をつくりあげることによって労働可能人口を確保することは可能だと考えられます。健康で働くことができる高齢者の増加は、新たな消費活動を生み、経済を活性化させる大きな契機となります。つまり、予防医療による疾病発生のリスク回避、早期診断・早期治療によって社会復帰や自立を促進するなど、健康回復・保持・増進のための積極的な医療が、個々の健康資本を増大させ、これによって労働可能人口を増加させ、生産性の向上、GDP及び税収の上昇をもたらし、いっそうの安定した雇用や新たな経済活動を派生させる可能性が十分にあると考えられるわけです。また、医療は労働集約型の産業であり、医療機関への安定した雇用は医療のさらなる安定を促すものです。さらに必要な病院建設などが経済への波及効果を生むことも考えられます。このように、医療に投資的側面があることは確かであり、このことを広く国民に認識してもらうことが必要です。また、日本医師会は本年9月発足のわが国の安倍新政権に対してこのような基本的政策を推進するよう理解を求めているところであります。

 こうした視点も含めて、いま日本医師会が積極的に取り組んでいる総合的、中心的な医療改革の政策としては以下の項目が挙げられます。

 最後に、こうした問題について日本医師会の政府機関への働きかけですが、主に署名運動や日本医師会の見解を政府で代弁する議員を推薦することによって、財政主導型の医療制度改革案を含めた医療制度の改悪を阻止するよう働きかけをしています。

 日本医師会は今後とも国民の健康と福祉を守る永続的な社会保障制度を構築するため、地域医療という医療基盤の構築をすすめ、もって信頼される医療体制の確立に向けて政策提言とその実現のための戦略について、国民とともに歩んでいくつもりです。

 ご清聴有難うございました。


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