対談 地域包括ケアを担う一員として
医師に求められることとは?(前編)

地域包括ケアシステムが構築されていくなかで、医師はどのような役割を担うべきなのでしょうか。

日本医師会常任理事の鈴木邦彦先生と釜萢敏先生にお話しいただきました。

それぞれの地域の実情に応じた形で、住民の生活を支える

――まず、地域包括ケアという考え方がなぜ重要なのか、改めて先生方からお話をいただけますか?

鈴木:少子高齢化に伴って、医療のあり方は大きく変わりつつあります。人口減少により高度急性期医療のニーズは縮小していくのに対し、高齢化率が高まることで、地域に密着した医療がますます求められていきます。というのも、高齢者は複数の疾患を持っていたり、同じ疾患を繰り返し発症したりすることが多いため、病院完結型の医療だけでは対応できなくなっていくからです。今後は、退院した後の患者さんの生活をどう支えるかということを考えなければなりません。

(写真)日本医師会常任理事 鈴木 邦彦

釜萢:ですから、これからは、地域のかかりつけ医の役割がますます大事になりますね。患者さんの生活の背景や、家族構成などを知り、その人が住み慣れたところでなるべく自立して、その人らしい生き方を全うすることができるようにするための医療を提供することが必要とされるのです。そしてそのためには、医療者だけでなく、介護や生活支援・介護予防の担い手が連携していくことが求められます。

鈴木:その通りです。これまでは、高度急性期病院を頂点とし、その下に中小病院や診療所があるといったピラミッド型の垂直の連携を、医療のなかだけで行ってきたところがあります。しかしこれからは、中小病院や診療所、訪問看護ステーション、介護サービス事業所、地域包括支援センターなどが水平な連携をしながら、医療、介護、生活支援・介護予防を一体的に提供する必要があります。そして高度急性期病院は枠組みの外に置き、必要なときだけお世話になる形にする。そうした仕組みが、地域包括ケアシステムなのです。

――ここまで様々な地域の事例を見てきましたが、地域によって取り組みの内容も多様ですね。

 

釜萢:そうですね。住民の生活を支えていくとなると、医療の枠組み、つまり都道府県など二次医療圏ごとの医療計画では対応できなくなります。ですから地域包括ケアシステムは、市町村や、あるいはもっと細かい単位で、それぞれのニーズに応える形で構築していく必要があります。地域包括ケアシステムの計画は行政が中心となって立てるのが基本となりますが、行政は医療の専門家ではありませんから、医療のあり方については、各地域の医師会が行政と連携しながらビジョンを打ち出していく必要があると考えています。

(写真)日本医師会常任理事 釜萢 敏

鈴木:一口に地域包括ケアシステムと言っても、地域によって求められる形はずいぶん違います。特に地方は人口減少が激しいですから、今から画一的に新しい機関や施設を作って対応するというのは無理があります。人口が10万人以上の都市であれば大体の医療資源は揃っていますし、逆に人口が千人規模の市町村であっても、その地域に根ざしてうまくやっているところもあります。今ある医療資源を活用しつつ、その地域の実情に応じた形でシステムを構築していくのが良いでしょうね。

 

対談 地域包括ケアを担う一員として
医師に求められることとは?(後編)

多職種を尊重し、リーダーとして地域全体をみる

――地域包括ケアシステムにおいて、医師に求められる役割はどのようなものでしょうか。

釜萢:地域包括ケアを推進していくうえでは、医師だけでなく、歯科医師や訪問看護師、薬剤師、ケアマネジャー、行政職員など、様々な職種の力が必須です。ですから医師には、地域医療を担うリーダーとして、関わっていく様々な職種の持つ情報や能力を、存分に引き出していくことが求められると考えています。医師が前面に出て何でも自分でやろうとすると、せっかく他の職種が持っている力が抑えられてしまうことも考えられますので、むしろ医師は一歩引いて、他の職種の意見を聴くことが重要だと思います。私も、地域で様々な会議などに参加していますが、他の職種のみなさんに敬意をもって接し、みなさんの発言を一生懸命に聴くように努めています。また、医師が自ら多職種の集まる場を和ませたり、発言しやすい雰囲気を作ったりすることも大事だと思います。

鈴木:そうですね。急性期医療では瞬時の判断が必要とされる場面も多いため、医師が中心となってチームを動かしていかなければならないこともあると思いますが、地域包括ケアにおいては、むしろ長い時間をかけてじっくりと患者さんの経過を診ていくことが求められます。そのなかでは、他の職種と意見を出し合ったり、相談をしながらケアを提供していく必要があるでしょう。医師は、医療のことはわかっても、介護や生活支援・介護予防のことについては知らないこともたくさんあると思いますから、他の職種から学んでいくという意識を持ってほしいですね。

さらに言えば、医療、介護、生活支援・介護予防だけではなく、今後はまちづくりの視点も必要とされると私は考えています。私が経営する病院は、茨城県常陸大宮市という人口約4万人の街にありますが、高齢化率が30%と、都市部よりも一足先に高齢化が進んでいます。そうしたなかでは、例えば高齢者の方が買い物をすることを考えると、郊外の大きなショッピングセンターでは疲れてしまいます。高齢者の方にはもっとコンパクトに買い物ができるような商店街が求められていますし、病院に通うついでに買い物をして帰りたいというニーズも聞こえてきます。実際、病院の周辺の半径200メートルぐらいには、昔ながらの商店街がまだ残っているんですね。それならば、病院を拠点として、地域全体を活性化することができるのではないかと考え、病院の近くにコミュニティカフェを作ったり、市に協力を依頼して歩道のバリアフリー化を進めたりしています。また地域の商店街の方々と相談しながら、冬に街路樹にイルミネーションを点灯するなど様々なイベントを行うことで、徐々に人が集まる街にしていこうとしています。今後は、地域の医療機関が、こうしたまちづくりにも主体的に関わっていくことが求められるのではないかと考えます。

学生のうちから、患者さんの生活を想像してほしい

――これからの医療を担っていく医学生に期待することは何ですか?

鈴木:これからは、「在宅医療はやらない」「介護保険のことは知らない」と言っていては、診られる患者さんは少なくなっていきます。多くの医師が地域包括ケアを担う一員として活躍することになるでしょうから、ぜひ学生や研修医のうちから地域に出て、実情を見てほしいと思います。現在は初期研修にも地域医療実習が1か月あります。私の経営する病院にも研修医が来て、回復期リハビリテーション病棟や在宅医療、訪問看護、訪問介護、地域包括支援センターなどの現場を回っていますが、大きな学びを得て帰っていきますよ。

釜萢:医学生のみなさんは、これから医師になるにあたって、それぞれ専門とする分野を決めていくことになるでしょう。もちろん、特定の科の専門性を身につけることも重要ですが、どの専門領域を選ぶとしても、患者さんの背景には生活があり地域があります。ですから、患者さんがどのように暮らしていて何を求めているのか、それにどう対応していったらいいのかを考えることは、どの医師にも必要だと思います。例えば、近年では認知症人口は非常に増えています。これからは診療科を問わず、全ての医師が認知症について最低限の知識を持たなければならない時代になっていくでしょう。これからも、医師として求められる様々なことに常にアンテナを張って、生涯学び続ける意識を持っていてほしいと思います。日本医師会としても、本誌ドクタラーゼをはじめとした情報提供を通じて、みなさんの学びを喚起していきます。

鈴木:2017年度からは、専門医制度に総合診療医の分野もできる予定ですが、日本医師会は生涯教育制度などの提供により、特定の診療科で専門医資格を取得してからでも地域で活躍できる医師を育てていきたいと考えています。また、実際に地域で医療を行っていくことになったときには、各都道府県医師会や郡市区医師会のネットワークは大きな支えになります。医師ひとりの力は弱くても、多くの開業医や勤務医が関わるネットワークがあれば、互いに助け合いながらより良い医療を提供していくことができるでしょう。

日本医師会は、今回の特集で紹介した事例のように、各郡市区医師会が地域包括ケアシステムにおける在宅医療・介護連携の拠点を担っていくイメージを持っています。しかし、地域によってはまだまだ、医師会が地域包括ケアを担っていくという意識が浸透していないところもあります。私たちとしても、郡市区医師会の取り組みを推進するために、さらなる啓発活動を行っていかなければと考えています。

 

No.13