誰もが自分の健康を主体的に獲得できる
世の中へ(3)

何のための健康なのか?

長:環境を変えることで人の行動を変える方法として、「ゲームのように取り組める活動」や「ポイントによるインセンティブ付与」などの方法もあります。メキシコでは、スクワットすると地下鉄が無料になる、という取り組みもあるんですよ。しかし、こういう取り組みには一時的な効果はあっても、継続的な生活・運動習慣にはつながりにくいという指摘もあります。

:ご褒美がもらえるから運動するというのは、本末転倒な気もしますよね。自分がどう生きたいのか見失っていて、周囲の環境に動かされているように感じます。「自分はこのように生きたい、だからこのように行動するのだ」というように、それぞれが自律的に考えられる方が良いと思います。

:私も本質的には、一人ひとりが自分の意思で健康になりたいと思えるようになってほしいと思います。環境を変えるのは、そのための手段です。環境が変われば見える世界が変わって、「こんな風に生きるのもいいかもしれない」といった、新たなイメージが描けるようになるかもしれない。けれど、何のための健康なのか見失ってしまわないようにというのは、常に気を付けなければいけませんね。

:確かに、「健康とはこういう状態である」という考え方が押しつけられたり、誰もが「健康でなくてはいけない」と言われたりするような世の中になってしまったら息苦しいですね。

患者さんの希望を「聴く」ことの重要性

:もちろん、健康であること自体は大切なことです。一人ひとりが「自分は健康だ」と思って生きられるように、医師として、できるだけのことをしたいですよね。

:そうですね。医師の思う「健康」を押しつけるのではなく、その人が生きたいように生きるための「健康」をサポートしたい。やりたいことがあって、やろうと思えばできるはずなのに、健康状態がそれを許さないというのはもったいないですから。

:患者さんの思う「健康」を引き出すには、どうしたらいいと思いますか?

:私はいつも、「あなたが一番したいことは何ですか?」と聴くようにしています。

後期研修医時代、なかなか治療に前向きに取り組んでくれなかった糖尿病の患者さんがいました。関わり始めて3年くらい経った頃、私が別の病院に移ることになり、ついてきてもらうのか、今の病院で別の先生に診てもらうのか、外来でお話しする機会があったんです。

その時に私は初めて、自分はどんな気持ちで治療をしてきて、患者さんにどうなってほしいと思っているのか、ご本人と腹を割って話し合いました。するとその方も、それまで治療に関して抱えてきた葛藤について話してくださったんです。それで私はようやく、その患者さんが何を考えていて、どう生きたいと思っているのか、伺うことができました。結果的にはその方は異動先の病院についてきてくれて、治療にも主体的に取り組んでくれるようになりました。

お互いが何を考えているのか共有したことで、患者さんと私が同じ地平に立つことができたんですね。共通の目標が持てたので、じゃあそのために一緒に頑張ろう、と思えた。「血糖値を良くするためにこうしましょう」ではなくて、「やりたいことのためにこうしましょう」という発想になってから、コミュニケーションが一気にスムーズになりました。それからはどんな患者さんにも、「あなたが一番したいことは何ですか?」と質問するようにしています。

:医師はともすれば、自分の思う最善の治療を進めようと躍起になってしまいがちです。でもやはり、患者さんの思いを知ろうとする気持ちを忘れてはいけないですよね。誰と住んでいて誰が食事を作っているのか、どんな生活をしているのかといったことはもちろん、「その人は何が一番したいのか」というところまで踏み込むことができれば、どんな治療がより効果的なのか、一緒に考えていけると思います。

:自分が患者側の立場で医療者と接してみると、患者やその家族は「良い患者・家族」を演じてしまうものだと実感します。医療者に嫌われたり、面倒だと思われたりしたくないから、言いたいことも言えないでいる人は少なくないと思います。

診療の場面では、医療者の健康観を患者・市民に当てはめてしまいがちです。けれど、健康のあり方を決めるのは、やはり患者さんや、患者さんの家族です。だからこそ、阪本先生のように「あなたが一番したいことは?」と聴いてくれる先生に出会えた患者さんは、とても幸せだと私は思います。