誰もが自分の健康を主体的に獲得できる
世の中へ(4)

健康を主体的に獲得できる世の中へ

――最後に一言ずつお願いします。

:まず、健康であることは良いことだと思います。佐久での臨床経験や、タイに留学したときの体験から、健康は人々を幸せにし、平和の礎になるものだということを、私は強く実感しています。

ただ、健康は押しつけられるものではなく、自分で決められるものであってほしいと思います。誰しも人生の終盤には要介護状態で生活することになる可能性がありますし、何らかの障害を持つ人も決して少なくありません。その状態の人たちを一律に「不健康だ」と決めつけ、窮屈な思いをさせる社会になってはいけないと思います。

どんな病気や障害があっても、自分が健康であるかどうかは自分自身で決められる世の中であってほしいし、私はそれを支える伴走者でいたいです。そして、こちらから「健康」という価値を押しつけるのではなく、一人ひとりの思う「健康」を支える存在でいたいと思います。

:私は臨床研修医時代、患者さんの社会背景や経済的な状況には、あまり意識を向けていませんでした。しかしその後の臨床経験を通じて、医療は、貧困を抱えた人や社会とのつながりが乏しい人にとっての、社会との限られた接点になっていることがあるんだ、と気付いたんです。だからこそ医師は、病気を治療することだけでなく、その人が医療を必要とするに至った背景を理解する姿勢を持つべきだと考えます。

社会疫学は、人が持つ社会的なつながりや経済状況が健康に与える影響を、客観的なデータを通して明らかにするものです。その成果は政策に結びつくだけではなく、臨床に対しても価値ある情報を提供するものだと信じています。

:私たちは健康を目標に生きるわけではありません。健康はあくまでも資源です。いくら「健康になろう」と言われても、目標や生きる楽しみがなければ、健康でいようとは思えないのではないでしょうか。孫の晴れ姿が見たいから長生きしようという方もいれば、近所の友達と過ごす時間が楽しいから、明日も元気に過ごしたいと思う方もいるでしょう。医療者に言われたから健康な生活をするのではなく、身近な人と明日も元気で過ごしたいから、少しでも健康でいようと思える。そんな社会を作る一端を、私たちも担っていければいいですね。

 

編集部より

患者さんの生活の場に寄り添う

今回の特集は、当初は「健康寿命の延伸」や「予防」をキーワードに制作する予定でした。しかし、実際に地域での健康づくりや産業医の活動について取材を進めていくと、もっと包括的な「保健」という営みが存在することがわかりました。

保健活動が目指すべきは、市民一人ひとりが自分の思う「健康」を獲得する手助けをすることです。もちろん、大学を卒業したら、皆さんのほとんどはまず「医療」に携わることになるでしょう。それでも、患者さんを目の前にしたとき、病気を治すというだけでなく、その人の生活に寄り添い、健康を積極的にサポートしようという姿勢で関わってもらえたら、と思います。