先輩医師インタビュー
真野 俊樹 (医師×MBA)

チーム医療を率いる医師に求められる広い視野と柔軟な感性
-(前編)

臨床現場や「医師」という仕事の枠組を超えて、様々な分野で活躍する先輩医師から医学生へのメッセージを、インタビュー形式で紹介します。

真野 俊樹
多摩大学大学院教授 1987年名古屋大学医学部卒、医師・医学博士・経済学博士・MBA。糖尿病内科医として臨床経験を積んだ後、コーネル大学医学部に研究員として留学。その後、製薬企業のマネジメントに携わりながら英国レスター大学大学院でMBAを取得する。現在はMBAプログラムの教育に携わりながら、厚生労働省・日本医師会病院委員会委員長も務めている。医療政策・医療経済に関する著書も多い。
※MBA(Master of Business Administration)は、英米圏の専門職学位であり、経営学修士とも呼ばれる。経営・ビジネスに関して豊富な知識を持つプロフェッショナル。


MBAとの出会い

臨床医として10年の経験を積み、薬理学の研究のために渡ったアメリカで、真野氏は医療マネジメントや医療政策の専門家に転進することを決意する。きっかけは、研究室で親しくなったアメリカ人医師たちから「医療がやりにくくなっている」と聞いたことだった。国民皆保険制度のある日本と異なり、民間医療保険しかないアメリカでは、医師が必要だと判断しても、保険会社が認めなければ治療に莫大な費用がかかってしまう。医師がやるべきだと考える治療や、患者が受けるべき治療が、制度やお金の問題でできなくなっている…、そんなアメリカの医療の現実に気づいたのだ。

「もしかすると、日本でも医師が必要だと考えた医療ができなくなるかもしれない。そうなってしまったら大変だな、と感じたのです。」

真野氏は、日本がそのような社会にならないようにするために、薬や診療方法の医学研究だけでなく、医療制度や経済・経営の仕組みについて考えていかなければならないと感じた。しかし当時の日本では、医師で医療制度や医療経済の研究をする人はほとんどおらず、インターネットも普及していなかった時代なので、どうアプローチすればよいかはわからなかった。そんな時、MBAを取得するために真野氏が住んでいたマンハッタンに留学してきた人たちとの出会いがあった。そこで、様々な職業、多様な文化・背景を持つ人たちと関わり、MBAの取得にも関心を持ったのだ。


先輩医師インタビュー
真野 俊樹 (医師×MBA)

チーム医療を率いる医師に求められる広い視野と柔軟な感性
-(後編)

MBAで得たものとは

MBAのコースで主に学ぶのは、財務などの定量的なデータから経営を見る方法論だ。しかし真野氏は、そこで得た具体的な方法論だけでなく、コースで出会った医師以外の人たち、異文化の人たちとの交流に価値があったと言う。

「医療の世界は、『利益をたくさん出せばよい』という単純なものではありません。人の命を、収益・生存率・退院率といった数字に換算して経営方針を考えても、医療の本質は見過ごされてしまいます。むしろ、定量的なものの見方にとらわれることなく、医療の質を担保し、多様な人の生き方・価値観に触れ、その中でどのように生き、自分を磨いていくかを考えることが大事だと感じました。そのための手段として、MBAでの学びは価値があったのです。」

これからの医師に求められるマネジメント

現代の医療は「チーム医療」が基本となる。その中で医師は、経験の多寡にかかわらずチームをマネジメントする役割を期待される。これからの医師は、病院や医院の経営に関わらなくても、マネジメントと無縁ではいられないのだ。

残念ながら今の日本では、医学生の間にマネジメントについて学ぶ機会は非常に少ない。短期間で受講できる医学生向けのプログラムはほとんどないし、仮にMBAを取得しようと思えば通常2年かかってしまう。マネジメントを学びたいという意欲ある学生はどうしたらよいかという質問に対し、真野氏は次のように答えてくれた。

「この時代に、マネジメントに関心を持つのは、先見性があると思います。ただ、学生さんがすぐにMBAを取る必要はないでしょう。学生のうちは、医学・医療に関する様々な知識を吸収するだけで精一杯だと思います。むしろ、多元的な価値観を身につけることが大事です。医師は、とかく医療の世界の中に閉じこもりがちで、外と交流することが少ないですから。

今はできるだけ多様な人と 交流し、柔軟な感性を養うこと…それが、養成課程も異なり、多様な文化を持つ様々な医療職から成るチームをまとめていく医師に求められることではないでしょうか。さらに言えば、チームメンバーと個人的に親しくするだけでなく、それぞれの職種がどんな専門意識を持ち、何にプライドやモチベーションを感じながら働いているかを意識することも、よりよいチーム医療に繋がるのだと思います。」

俯瞰的な視野を持つ

今の医学生は身につけなければならない知識も多く、目の前のことに追われて、なかなか全体のことを見る余裕はないだろう。しかし、授業で教わるような標準的な医療を医師が安心して行うためには、医療制度が整い、医療保険が機能していて、国民がそれを負担できるくらい豊かでなければならない。また、所属している病院の経営が成り立ち、スタッフが充足している必要がある。そういう大きな仕組みに支えられて、自分たちがよい仕事ができる…という意識を養うことは、学生のうちからできることかもしれない。

「例えば、研修病院を選ぶ時にも、自分が何を教えてもらえるのか…とプログラムに関心を持つだけでなく、その病院がどんな理念を掲げ、院長や指導者がどんな精神で医療に臨んでいるかも見てほしいです。マネジメント(経営)とは、どう利益を出すかということだけでなく、組織として何を実現するかを考えることでもあります。そういう視点を持って、自分たちの世界を見つめることが、変化の時代の医療を担う人には必要ではないでしょうか。」

そんな思いを体現すべく、真野氏は多摩大学大学院で医療マネジメントについての教育に取り組んでいる。海外と日本の医療政策の比較に基づいた提言などはもちろん、最近はマネジメントの知見を産業医の養成に活かすことにも取り組んでいるとのことだ。

また、積極的な医療政策に関する情報発信も行っているとのことで、今年の8月末には、経済のみにとらわれない医療政策についての書籍が、中公新書から出版される予定である。


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