チームで負担も喜びもシェアしながら、
大好きな栃木県で在宅医療に従事する
~鶴岡 優子先生~(前編)
「町のお医者さん」になる
滝田(以下、滝):鶴岡先生は、順天堂大学をご卒業後、自治医科大学の医局に入り、関連病院で地域医療の経験を積んだ後、栃木県下野市で開業されました。まずは、自治医大に入局された経緯を教えてください。
鶴岡(以下、鶴):学生の頃から「町のお医者さん」になりたいという思いがありました。大学の同級生だった、後の夫も同じような将来像を描いていて、彼は自治医大で地域医療を学ぶと既に決めていたんです。一方私は出産もするだろうから、若いうちに臨床経験をたくさん積もうと、市中病院で2年間ローテート研修を受け、3年目に自治医大に入局、それと同時に結婚しました。
滝:そこから、ご主人と一緒に関連病院を回られたんですね。
鶴:はい。自治医大は全国各地で地域医療の様々なモデルを築いていますから、とても勉強になりました。なかでも印象に残っているのは、入局1年後に赴任した一関市国民健康保険藤沢病院です。ここは藤沢町で唯一の病院で、病棟や外来の他、手術や在宅も経験でき、活気に溢れていました。私たち夫婦はこの地で家族を増やしたいと考え、院長先生にそう正直に相談しました。いざ妊娠すると先生は本当に喜んでくださり、一瞬でベビーシッターまで決まり、びっくりしました。産休中も同期のレジデントが1か月ごとに代診に来てくれました。
滝:病院内はもちろん、医局からもサポートがあるというのは、とても心強いですね。
主治医になりたかった
滝:その後も先生は3人のお子さんを育てながら臨床・研究に携わられていますね。開業を意識されたのはいつ頃でしたか?
鶴:大学病院の総合診療部(当時)に所属していた頃です。大学病院には、レジデントから上級医までたくさんの医師がいて、チームで動いていたため、安心感もやりがいもありました。しかしその一方で、「自分は主治医になりきれていないな」とも感じていました。その頃はちょうど上の子の学童保育が終わる時期でもあり、開業したら自分で自由に時間のマネジメントができるかな?という期待もあって、夫婦で開業することにしたのです。
滝:実際に開業されてみていかがでしたか?
鶴:思っていたほど甘くはなかったですね。主治医として患者さんと濃密な関係を築けるようになった一方、夫婦二人で24時間体制の在宅医療を続けることに必死で、負担は重くなりました。せめて食卓では仕事の話をしないと決めていたんですが、緊急の電話が鳴るたびに、子どもたちにも心配をかけていたのではないかと思います。藤沢病院の時は在宅を100軒くらい担当していても平気だったのに、今はどうしてこんなに大変なんだろう…と不思議だったのですが、開業から3年ほど経った頃、「藤沢病院では、院内の多職種のサポートがあり、地域の方々や行政の方々の顔が見えていたから、うまくいっていたんだ」と、ようやく気付いたんです。
チームで負担も喜びもシェアしながら、
大好きな栃木県で在宅医療に従事する
~鶴岡 優子先生~(後編)
信頼できる仲間を増やす
滝:それから先生は、多職種の勉強会「つるカフェ」を開催するようになったんですね。
鶴:はい。直接のきっかけは、東日本大震災です。それまで、私たちは多職種で連携ができていると思っていたのですが、震災直後は思うように動きがかみ合わなかったんですね。携帯電話でいつでも連絡がとれるんだし大丈夫だと過信していたけれど、あうんの呼吸で動ける間柄でないと、いざというときうまくいかない。そんな反省から「つるカフェ」が始まりました。それから6年ほど経ちますが、現在は三つの部門に分かれています。一つは毎月の「つるカフェ」、一つは困難事例の振り返りやデスカンファレンスを行う「ふりカフェ」、そしてもう一つが市民講座です。
「つるカフェ」の参加者の多くは、医療・介護・福祉の専門職です。ケアマネジャー・訪問看護師・市役所職員・地域包括支援センターの職員・自治医大の医師など、50~60人が集まります。毎回5~6人に分かれてグループワークを行い、 顔の見える関係を築いています。そして市民講座には、地域の方々も含め200人ほど集まります。
滝:「つるカフェ」を始めて、どんな変化がありましたか?
鶴:私自身の経験やつらさを「つるカフェ」でシェアできるようになったことで、「仲間がいる」と思えるようになり、気持ちがとても楽になりました。また、顔の見える関係を築けていると、多職種連携もより円滑になりますね。私たちは、栃木県医師会が推奨する医療介護専用SNS「どこでも連絡帳」を使って患者さんの情報を共有しているのですが、誰もが義務感からではなく、「みんなに知らせたい!」という思いから書き込んでくれるんです。それぞれの業務の効率も上がった他、夜中のお看取りなどでもリアルタイムで声を掛け合って支え合うことができるので、チームの絆も深まっているように感じます。
滝:お互い「連絡帳に書き込めば必ずレスポンスやフィードバックが返ってくる」という実感が持てるからこそ、効果的に活用できるのでしょうね。
鶴:ええ。栃木県のすごいところは、「どこでも連絡帳」が県全域の連絡ツールとして統一されたことです。だから私たちもその流れに乗って、うまく導入することができたんです。
滝:連携が進むことで、チームで仕事の負担もシェアできるようになったそうですね。
鶴:はい。「つるカフェ」を始めてから、「主治医になる」とは、主治医である私が不在のときの采配までしておくことではないか、と考えるようになりました。
休息時間は、良い仕事をするためにも大切です。私たち夫婦も、初めは「二人合わせて1・5馬力くらいで働こう」というつもりで開業しましたが、結局うまく休むことはできませんでした。24時間365日主治医でいる重圧はあっても、休まずに全部自分で診た方がどこか「楽」だったんでしょうね。
滝:たしかに、休む方がよっぽど勇気がいる、ということはありますよね。
鶴:そうなんです。でも、そこから徐々に信頼できる多職種を増やしてきたことで、医師も休めるようになり、患者さんも私たちをチームとして信頼してくれるようになりました。
私は今、なりたい主治医になるために、みんなから助けてもらっています。ですから私は、みんなと負担だけでなく、喜びもシェアしたいんです。患者さんから感謝の言葉をもらったら、他職種に積極的にフィードバックするようにしています。
滝:プロフェッショナルである多職種同士、対等な協力関係を築けているところが、「つるカフェ」の素晴らしいところですね。本日はありがとうございました。
語り手
鶴岡 優子先生
つるかめ診療所 所長
聞き手
滝田 純子先生
栃木県医師会 常任理事・女性医師部会長
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