教えて!中谷先生! ここが知りたい診療報酬
(前編)

厚生労働省保険局医療課の中谷祐貴子先生に、医学生がこれまでの事例で疑問に思ったことを聞いてみました!

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包括評価では効率を良くした方が医療機関にもメリットがある

川崎(以下、川):事例1では、脳梗塞に対するエダラボン投与を軸としてDPC/PDPSの包括評価部分の計算をしましたが、もし狭心症などの合併症があり、同時に治療を行った場合は、そちらも加算できるのでしょうか。

中谷(以下、中):いえ、できません。合併症がある場合でも、DPC/PDPSで請求できるコードは1疾患のみです。

川:ではその場合、医療機関側が費用を負担して治療を行うことになるのですか?合併症の患者さんを多く診る医療機関が赤字になってしまうのではないかと心配です。

:合併症など複雑性の高い患者さんを多く受け入れる医療機関には、その分の加算が付くようになっています。一人ひとりの患者さんで収支のバランスを考えるというより、医療機関全体でバランスが取れるよう、点数が調整されています。

三輪(以下、三):医薬品を投与する場合、DPC/PDPSではジェネリック医薬品を選んでも報酬は変わらないのでしょうか。

:はい、そうです。ジェネリック医薬品を採用すると、仕入れを安価に済ませられるので、医療機関にとってメリットになります。見方を変えれば、できるだけジェネリック医薬品が採用されるように、国が誘導しているとも言えます。DPC/PDPSは、医療が必要なところに無駄なく効率良く提供されるよう、国が方向付けをするための一つの手段だと言えるでしょう。

より良い医療を提供すれば診療報酬は自ずと高くなる

坂井(以下、坂):包括評価部分の点数は、もし全く同じ治療内容だったとしても、医療機関ごとに定められた「医療機関別係数」によって点数が変わると知りました。医療機関別係数は、どうやって決められているのですか?

:係数を算出するためのルールが厚生労働省の審議会で定められています。医療機関から提供されるデータを基に、そのルールに沿って係数を決定しています。

木藤(以下、木):そのルールは、具体的にはどのような基準で定められているのでしょうか?

:基本的な診療機能を評価した「基礎係数」をベースに、様々な機能に対して加算していく形で定められています。例えば先ほどの質問のように、合併症があるなど複雑性の高い患者さんを多く受け入れている場合は加算が付きますし、他にも「救急患者を多く受け入れているか」「地域医療に貢献しているか」「在院日数を短縮しようと努力しているか」「DPCデータをきちんと提出しているか」などの項目が加算の対象となります。基本的には、ニーズに合ったより良い医療を効率的に提供していれば、診療報酬は高くなる仕組みになっていると考えていただければいいと思います。

:今、医師の働き方改革への関心も高まるなかで、働きやすい環境づくりに取り組んでいるかどうかという観点も、評価に含まれるのでしょうか。

:もちろんです。出来高報酬で「医療クラークをおいているか」「シフト制を採用しているか」「院内保育所があるかどうか」「勤務環境改善の取り組みをしているかどうか」といった内容も加算の評価項目になっています。やはり、働きやすい環境づくりは医療従事者の確保に直結しますし、それは最終的に患者さんに良い医療を提供することにもつながりますから。

病院ごとの係数は全て、厚生労働省のホームページで公表されていますので、興味がある方は見てみてください。

三者が意見調整しながら診療報酬を決めている

:診療報酬は、診療を行う側と支払う側から同人数を代表者として出し、中立の立場の人を加えて決めているそうですね。

:はい。診療報酬の改定を決めているのは、厚生労働省の中央社会保険医療協議会(以下、中医協)です。中医協は、報酬を受ける側(診療側委員)・報酬を支払う側(支払側委員)・公益を代表する側(公益委員)の三者によって構成されています。

:それらの委員はどのように選出されているのでしょうか。

:診療側委員は医師・歯科医師・薬剤師を代表する団体から、支払側委員は保険者を代表する各団体から、公益委員は社会保障を専門とする有識者などからそれぞれ選出されています。この三者がそれぞれの立場から議論を行っているのです。またそれに加えて、他の医療職の団体や企業の代表などが専門委員として、意見を提出しています。

:一般市民が意見を出すことはできないのでしょうか。

:中医協は三者間の意見調整を行う場なので、それぞれの立場の代表者として発言してもらう必要があり、一般の方が委員になるのは難しいですが、その代わり、改定前に公聴会を開催しており、そちらには一般の方も参加できるようにしています。

 

 

教えて!中谷先生! ここが知りたい診療報酬
(後編)

医療情勢や社会的ニーズに合わせ都度、点数は調整されている

:医療をとりまく状況や社会的ニーズに合わせ、点数は調整されているそうですね。

:はい。診療報酬の改定は2年ごとに行われており、改定前年の12月に改定率が決められます。診療報酬の項目は全部で5千項目以上にものぼるため、一度の改定で触れられるのは200~300項目程度です。毎回全ての項目を見直せるわけではないため、質の高い医療だというエビデンスが出た項目と、政策として推進してほしい項目を、その時々でバランスを見ながら調整しています。また、実際に中医協でどのような議論がなされ、なぜこのような改定になったかについては、資料や議事録が全て公開されており、誰でも情報に触れることができます。

:ちなみに、最近のトレンドはどのようなものでしょうか。

:外来であれば、かかりつけ医と大規模医療機関の機能分化・連携や在宅医療への移行に関するトピックが多いと思います。入院では、やはり効率的な医療が求められていますので、平均在院日数を短くし、かつ質の高い医療を提供してもらえるような点数設定が主になっていると言えます。

:新しい治療や検査などが出てきた場合、その点数はどうやって決めるのでしょうか。

:各領域の有識者による専門組織があり、その審査を受けて点数を決めています。類似の効果がある治療や検査がある場合は、それに近い点数を付けます。もし似たようなものが全くない場合には、実際にどのくらいの開発費用がかかったか、原価を計算して決めることもあります。

実際に診療報酬を計算する医療事務とも適切な連携を

:これから私たちも医師になって医療サービスを提供し、それに対して報酬を得ることになりますが、医療機関で実際に医療費の計算等をしているのは医療事務の方だと理解しています。医療事務の方は医師ほど医学の理解が深くないと思うのですが、そのギャップが問題になることはありませんか?

:鋭い質問だと思います。私たちも実情を全て把握しているわけではありませんが、多くの場合、医療事務の側で不明点がある場合に、医師に質問するという形が取られていると思います。ですから、医療事務の方の理解が十分でないと、医師への問い合わせの回数が多くなるかもしれません。ただ、診療報酬を適切に請求するためには、医師と医療事務の認識のギャップをなくしていく必要があります。ですから、医師が医療事務と円滑なコミュニケーションをとろうとする姿勢も大切だと思います。今回のように実際に診療報酬を計算してみると、医療事務の仕事についての理解が深まり、より現場での連携がしやすくなるかもしれませんね。

患者負担が重くならないよう支えているのが医療保険制度

:診療報酬が国の施策を反映し、国が導きたい方向に点数を増やしていくとなると、それに従う医療機関にはメリットがあるかもしれません。けれども、診療報酬が高くなった分、患者さんの負担は増えるのではないでしょうか?

:良い質問ですね。確かに、診療報酬を単純に上げていくという発想だけでは、患者さんの負担は増えてしまうでしょう。ただ、日本には国民皆保険という医療保険制度があります。例えば、患者さんは保険証を提示すれば、診療にかかった医療費や医薬品代の3割(75歳以上であれば原則1割)を、窓口で負担すればいいという仕組みになっています。さらに、入院や手術などで医療費が高額になった場合、患者さんの所得に応じた自己負担限度額が定められており、それを超えた分は払い戻されるという仕組みもあります。つまり、患者さんに過度な負担がかからないようにするための支援が、診療報酬制度とは別に設けられているのです。ですから、診療報酬はあくまで「質の高い医療サービスには適切な対価を付けましょう」という観点で設定されていると捉えてもらえたら良いかと思います。

点数だけを意識するよりもより良い医療サービスを選択して

:大学の授業では診療報酬について学ぶ機会はほとんどなく、馴染みもありません。医学生のうちから診療報酬を勉強するべきでしょうか?

:どちらかというと、学んでおくべきは社会保障や医療保険制度の方だと思います。国民皆保険があることで、患者さんは少ない負担で医療サービスを受けることができるという仕組みがしっかりわかっていれば、学生のうちは十分なのではないでしょうか。個々の診療報酬の点数などについては、臨床に出ればエキスパートが周囲にたくさんいますから、そういう方々に聞きながら学んでいけばいいと思います。

:これから医師になって日々診療を行ううえで、どの程度点数を意識するべきでしょうか。

:点数を意識するより、より良い医療サービスのためには何が必要かということを考えていただければいいのではないかと思います。例えば、現在「早期離床・リハビリテーション加算」が付くのは、早いうちから離床のための訓練をした方が患者さんのADLの回復が早いというエビデンスが出ているからです。ですから、早期離床の取り組みをした方が、実際に質の高い医療サービスになり、かつ診療報酬も高くなるのです。勤務医として働いていると、経営部門から「加算もあるので、この治療法を採用してほしい」という誘導を受ける機会もあると思います。そういうときには、なぜ経営部門からそうしたオファーがあるのかを考えてみてほしいですね。

これから医師になる皆さんには、診療報酬はあくまで質の高い医療サービスを提供することへの対価であるということを、忘れないでいただければと思います。