チームで周術期を支える②(前編)

東邦大学医療センター大森病院の周術期チームの皆さんに、チーム発足の経緯や現在の取り組み、そして今後目指す目標についてお話を伺いました。

チームで取り組むきっかけ

――周術期管理にチームで取り組むようになったきっかけを教えてください。

落合:15年前、寺田と私の2名で当院の麻酔科の再建をすることになったのが発端でした。当面の課題は、麻酔科医が足りないなか、いかに手術の安全を担保するかということでした。私たちは、「もし自分がこの病院で手術を受ける立場になったら、どんな環境だったら安心できるか」と考えました。そして、多職種の力をもっと借りることにしたのです。私たち麻酔科医は、麻酔に関することはすべて自分たちで責任をもってやらねば、と抱え込みがちです。でも、もともとチームとして協力してきた手術室看護師はもちろん、薬のことは薬剤師、口腔のことは歯科医師や歯科衛生士、医療機器のことは臨床工学技士など、麻酔科医とは違う視点と専門性を持つ多職種と共にチェックを重ねていけば、安全性はより確実なものになるはずです。私たちは、多職種が各々自律的に専門性を発揮できるよう、チームを組んで仕組みを整えてきました。

――安全を担保するための、各チームメンバーの取り組みを教えてください。

木村:例えば、術前に患者さんが服用している薬を一通り確認し、手術の前にやめなければならない薬や、逆に当日まで飲んでおくべき薬を、麻酔科医と共にチェックします。市販薬やサプリメントの中にも、手術に影響を及ぼすものがあるので、それらを飲んでいないかどうか確認し、患者さんやご家族に説明しています。ほかにも薬のアレルギーがないか、消毒薬でかぶれたことがないかなどを確認しています。

吉岡:私たち臨床工学技士は、手術中に使用する機器について、日頃から点検とチェックを行い、機械に不具合があった際にはバックアップを行っています。術中に万が一機械が止まってしまった場合のことも想定し、いつでも対処できるように準備をしています。

痛みを取るところから始めた

――チームで手術の安全を担保する仕組みが整っていくなかで、次第に「術後の回復をいかに早めるか」というところが目標になっていったそうですね。

落合:はい。私たちチームの今のゴールは、「早期回復・早期退院」という、非常にシンプルなものです。そしてそれを阻む要因は、痛み・吐き気・術後感染です。自力で歩けて食事を摂れ、感染もない状態になれば、患者さんは退院できるのですから。

寺田:痛み・吐き気・感染のうち、最初にこのチームで取り組むことになったのは疼痛管理です。これまでは、患者さんが麻酔から覚め、痛みを訴えるようになってから鎮痛剤を投与していました。しかし、鎮痛剤は痛みのピークの時に投与するより、痛み始めや痛む前から投与した方が、少ない量で高い効果を得られます。そこで、痛みを感じはじめたらすぐ、患者さん自身でPCAボタンを押し、痛みをコントロールするPCAポンプ*1を用いて、術後の疼痛管理を行うAPS*2を開始することにしました。APSでは、患者さん自身もチームの一員と考えます。鎮痛剤の効き方は人によって様々なので、患者さん自身が痛みをコントロールできることが重要なのです。

長谷川:私はそれまで、手術室の薬の調剤や管理などに携わっていましたが、患者さんをみて薬についてアセスメントするという、薬剤師本来の職能を活かしきれていないのではないかと感じていました。そこで私も寺田先生と共にAPSに関わらせていただくことにしました。そのなかで、早期回復を阻む要因は、もとをたどれば薬の副作用が強いとか、あるいは効果が不十分だったことなのではないかと気付いたんです。

疋田:外科医・麻酔科医と共に術後の薬の使い方を見直したことで、せん妄もかなり減らすことができました。それにより、病棟看護師も私たちの取り組みに積極的に協力してくれるようになりました。

疼痛管理と吐き気の予防

――それぞれの課題を解決するためのチームメンバーの取り組みを教えてください。

落合:まず、APSについてです。当院は年間1万件ほどの手術をしていますが、そのうち3,000件ほどで、術後鎮痛に特化したPCAポンプを採用しています。

吉田:術後、私たち手術室看護師は、病棟看護師とも情報共有して患者さんをラウンドします。PCAポンプをつけた患者さんでも、特に痛みが強く出そうな方のところには、麻酔科医・薬剤師と共に回ります。

吉岡:PCAポンプの機器の管理は臨床工学技士が行います。当院にはポンプが全部で62台ありますが、一日あたり10~15台が患者さんに装着されるので、不足することがないようできるだけすみやかに点検します。ポンプには、患者さんの体に入った薬剤の量などの情報が記録されているので、そのデータを取り出して皆さんに提供しています。

――薬の選択や調剤・調製はどのように行っているのですか?

長谷川:まず術前に患者さんの腎機能や肝機能、アレルギー歴、副作用歴などを洗い出し、術式や麻酔法に応じた鎮痛薬を、麻酔科医や主治医、病棟看護師に提案します。

疋田:術後の吐き気を予防する対策も、術前に立てておきます。特に術中術後に麻薬を使用する場合、例えば「女性で非喫煙者、車酔いしやすい方は吐き気のリスクが高い」などと、事前にリスクを判断することができます。こうした患者さんの情報は薬剤師間で共有し、必要があれば麻酔科医と相談して、特定の麻薬を抜くようにしています。PCAポンプの処方・指示は手術前日までに頂き、当日は手術室の中のクリーンベンチで薬の調製を行います。術後は、患者さんのVASスケール*3での疼痛評価やPCA使用回数の情報、カルテ情報をもとに、麻酔科医と看護師と薬剤師とで各々の専門的観点から疼痛評価をし、必要に応じて薬の調節を検討しています。例えば看護師からの、「患者さんは痛みを訴えているけれど、実際はスムーズに離床できている」といった情報は非常に有益ですね。

 

*1 PCAポンプ…PCAはPatient Controlled Analgesiaの略。持続的に一定量の鎮痛剤を投与でき、また患者が痛みを感じたときは、付属のボタンを押すと、追加で鎮痛剤が投与される。鎮痛剤の量は、医療者によってあらかじめ設定される。

*2 APS…Acute Pain Serviceの略。

*3 VASスケール…視覚的評価スケール(Visual Analog Scale)のこと。長さ100mmの線分の左端を「痛みなし」右端を「痛みあり」として、患者が現在感じている痛みがどのくらいか印をつける。

 

 

 

チームで周術期を支える②(後編)

感染予防のための口腔ケア

――感染予防については、どのような取り組みを行っていますか?

関谷:主なものとして、口腔ケアを徹底することによる、誤嚥性肺炎の防止に取り組んでいます。歯石や舌苔が多く、口腔内の細菌数が多いと、気管挿管の際の感染リスクを高めますし、動揺歯があると、気管挿管時に歯が抜けて肺に入ってしまうこともあります。そこで、当院ではトリアージ方式を取り入れました。歯科衛生士が周術期センターに出向し、手術を受ける患者さん全員の口の中を見て、専門家によるケアが必要な人を洗い出すのです。対象者には、術前に口腔内のクリーニングをしたり、歯のガード装置を入れて動揺歯を固定したりします。これにより、術後の誤嚥性肺炎の発生率を通常2%程度のところ、当院では0.85%まで減らすことができています。

山口:はじめのうちは私だけが術前のトリアージを担当していましたが、今ではこの方式も軌道に乗り、歯科衛生士数名が交代で担うようになりました。

褥瘡・せん妄を防ぎ、体力を回復する

――痛みと吐き気以外に、褥瘡やせん妄といった要素も、早期離床を阻みますよね。

吉田:はい。まずせん妄については、過去にせん妄の既往があるなどのリスクが高い方がいれば、あらかじめリエゾンチームに連絡し、術後すぐ対策をとれるようにします。また、背骨が痛い方や可動域制限のある方は、リハビリテーション科と共に術中の体位を検討し、褥瘡や神経障害などの二次的障害が起きないよう計画しています。

大國:患者さんの回復には、早期リハビリも重要です。ハイリスクの患者さんには、リハビリ科医とリハビリ専門職が治療チームに加わり、術後合併症の予防と早期離床に向けて術前から積極的に関わっています。それ以外の場合も、手術当日または翌日からリハビリを開始します。

取り組みの効果

――このような取り組みを行ったことで、どのような効果がありましたか?

落合:取り組みの効果を測る一番の指標は、在院日数だと考えています。もちろんこの取り組みだけの効果とは断言できませんが、昨年の当院の平均在院日数は、周術期チームが発足する以前より2.5日短縮されました。高齢社会を迎え、いわゆるハイリスクに分類される患者さんが約3倍に増えているにも関わらず、入院期間を短縮できているということは、皆が分担してリスクに対応できている証左ではないかと思います。在院日数を短縮することで、病院の経営にも貢献できています。

寺田:数字で結果が出ると、周術期チーム以外のスタッフもますます力を貸してくれます。以前は、1日に約30名の患者に対し、主に吐き気の治療や鎮痛薬の追加といった何らかの介入を、APSチームが主導で行っていました。今では看護師・薬剤師・臨床工学技士・主治医が連携し、患者さん自身もチームの一員だと考えて率先して動いているので、APSチームが主導で動くことはほとんどなくなりました。

大國:ただ、さらなる早期回復を目指すには、まだ課題も多いと思います。リハビリ科も、本来なら術前から、すべての患者さんの活動量や活動範囲、筋力・体力を評価し、自宅の環境や社会背景などもふまえて計画を立てることが理想です。しかし現状では、主科からの依頼がないとリハ科が介入できないこと、理学療法士の人数不足などから、そうした関わりはできていません。

落合:周術期管理が最も進んでいるイギリスでは、膝の人工関節置換術を受けた患者さんが、手術直後に自分の足で立ち、人工関節の感触を確認できます。世界はそこまで進んでいるのですから、私たちもさらに高みを目指していきたいと思います。

 

東邦大学医療センター大森病院周術期センター

 

落合 亮一先生

麻酔科 教授

 

 

寺田 享志先生

麻酔科 講師

 

 

関谷 秀樹先生

口腔外科 部長

 

 

大國 生幸先生

リハビリテーション科 講師

 

 

吉田 実知さん

手術室 看護師長

 

 

木村 伊都紀さん

薬剤部 室長

 

 

疋田 真理さん

薬剤部 室長

 

 

長谷川 哲也さん

薬剤部 主任

 

 

吉岡 裕滋さん

臨床工学部 副技師長

 

 

山口 祐佳さん

口腔外科 歯科衛生士