医学生から見た「ダイバーシティ」(前編)

様々なバックグラウンドを持つ医学生による座談会を開催し、多様な人が医師になることの意味や、医師の世界のダイバーシティが高まらない理由、高めていく方法などについて話し合いました。


X大学 3年
ニューヨーク生まれ。
中学受験でX大学付属中学高校に入り、内部進学で医学部に入学。

松本 千慶
東京医科歯科大学 5年
他大学で医学以外の勉強をした後、医学部に2年次から学士編入。

西田 理恵
東京女子医科大学 6年
社会人経験の後、医学部を再受験。
3年生の時に出産し、育児と学業を両立中。

林 芊榕
佐賀大学 5年
両親は台湾人だが、自身は日本生まれ日本育ち。

広川 大信
筑波大学 2年
両親が台湾人で、日本で医師として働いている。
筑波大学には地域枠で入学。

 

医学部に多様な人がいる意味

――今回の座談会では、ダイバーシティに関心のある医学生5名に集まっていただきました。まずは自己紹介からお願いします。

:佐賀大学医学部5年の林と申します。両親は台湾人ですが、私自身は日本生まれ、日本育ちです。北京語(日本でいうところの中国語)はあまり話せず、日常会話での台湾語を少し話せる程度なので、自身のアイデンティティに悩んだこともありました。よろしくお願いします。

広川(以下、広):筑波大学医学部2年の広川です。僕も林さんと同じく両親が台湾人で、日本で医師として働いています。自分は何人なのかと葛藤した時期もあったので、多様性というテーマに非常に興味があります。

A:X大学医学部3年のAです。親は日本人ですが、ニューヨークで生まれて、小学生の頃に日本に来ました。中学受験でX大学の付属中学高校に入学し、医学部には内部進学で入学しました。

松本(以下、松):東京医科歯科大学医学部5年の松本です。私はもともと別の大学で医学以外の学問を学んでいたのですが、卒業する頃に医学に興味を持つようになり、学士編入学で2年生から医学部に編入しました。

西田(以下、西):東京女子医科大学医学部6年の西田です。文学部を卒業し、2年間社会人として働いた後、今の大学に1年生から入り直しました。その後3年生の春休みに出産し、子育てをしながら勉強しています。よろしくお願いします。

――まずは身近な話題として、医学部の入試について聞いてみたいと思います。今日集まってくださった皆さんは、様々な入り方をされていますね。一部の大学で女性や長期浪人生に不利な採点がなされていたというニュースもありましたが、皆さんは入試の時や入学した後に感じたことはありましたか?

:私が受けた編入学試験は、一度大学を卒業した人向けのものなので、性別や年齢でバイアスがかかることはなかったですね。5名の枠のうち、5名すべて女性ということもあるそうです。一般の入試とは全く違うので何とも言えないところはありますが、黙って女性や浪人生を不利にするというのはルール違反な気がします。

:佐賀大の医学科は男女の比率が1対1ぐらいで、学年によっては女性の方が多い年もあるので、女性だから不利だと感じたことはありません。入試で女性に不利な採点をしていた大学は、女性が増えると出産・育児などで休む人が増えて仕事が回らないと考えていたようですが、佐賀大学はそもそも卒後に佐賀に残る医学生・医師が少ないこともあって、男女比よりも数を重視しているのかなと思います。地域枠入試や条件付きの推薦入試など、佐賀に残ってくれる人を優先的に合格させる仕組みもあります。

:僕はまさに地域枠で入学しました。卒業後の一定期間地域に残ることが条件となりますが、合格の可能性が上がるため、より確実に医学部に入りたいという気持ちから地域枠を選びました。ただ、正直申し上げると、将来は海外で働いてみたいという気持ちもあって、これで良かったのかな…と考えてしまうこともあります。

A:入試形態でいうと、内部進学はかなり独特だと思います。外部からの入試では医学部がある大学の中でどの大学にするかを選ぶのに対し、内部進学では大学にある学部の中から行きたい学部を選びます。同級生がどの学部を志望しているかも大体わかるので、心理戦が繰り広げられます。それから、入試では試験当日に体調を崩したら一発でアウトですよね。内部進学だと、定期試験でコンスタントにある程度の点数を取っていればいいので、様子を見たり、作戦を立てたりすることができました。医学部に入ってからは毎回のテストが本番のようなものなので、すごくプレッシャーがあります。

西:女子医大は、私のように再受験で入った人や、推薦の人、長く浪人していた人など、女性の中では結構多様な人がいるなと思います。そのうえで、私自身は現役生と同じようにはいかないな…と感じることが多いですね。学年全体が私のように子育てをしている人だったら大学側は困るだろうなと思いますし、10代の頃より記憶力が低下しているようにも思うので、ボリューミーな医学知識を頭に入れるのも大変です。そういう意味では、年齢や性別などで一定の制限があるのは仕方がないことなのかなと思ってしまいます。臨床では紆余曲折を経た経験も役立つのかもしれないけれど、研究となると若い人の方が向いているようにも感じます。

:そうですかね? 研究に関しては、理系学部で修士・博士まで研究をやっていた人が医学部に編入して、研究の道に進むこともありますよ。それまでの経験を活かすことができて、かえって役に立つんじゃないかなと思います。

西:確かにそうですね。再受験や編入にも多様な人がいますもんね。

――例えば年齢にフォーカスすると、一浪した人は現役の人よりも働ける期間が単純計算で1年短くなります。そう考えたとき、何歳の人までならいいのか? という話が出てきます。ある程度の年齢になった人には全面的に諦めていただく方がいいのか、やる気があって色々な経験をしてきた人はむしろ入っていただいた方がいいのか。皆さんはどう思いますか?

:私は、チャンスは平等に与えられるべきだと思います。例えば、体力の面で人より劣っていても、ブレーンとして役立つ人は絶対にいると思うんです。40代で受験する人であっても、女性であっても、医学・医療の分野に役立つことを成し遂げる可能性がある。だから、ただ年齢や性別で切り捨ててしまうのは、視野が狭いのではないかと感じます。

:私は実習先で、社会人として7年働かれた後に医学部に入られたという先生と出会いました。その先生はもともと外資系の企業で働かれていて、論文を読んで医師に情報提供をする立場だったそうです。こういう方は知識や経験の量が違いますから、単純に医師になってからの年数だけで比べることはできないと思います。それから、今後はもっと外国の方が日本で医療を受けることも増え、その対応ができる医師も必要になると思います。

:実は僕の父も、台湾で薬学部を出てから、日本で医学部に入ったそうです。今も田舎で医師をやっていますが、台湾人に限らず、外国人の患者さんがたくさん来ると言っていました。外国人の患者さんたちは、先生が外国人だからわかってくれるんじゃないかと期待して、父のもとを訪れるようです。そういうことも考えると、単純に医師として働けなかった期間をマイナスだと捉えるのではなく、今何ができているかに目を向けたほうがいいのではないかと思います。

:医師と一概に言っても、臨床をやる、研究をやる、省庁で働く、教鞭をとる、海外で働くなど、色々な働き方がありますよね。それぞれの能力に合った働き方もきっとあると思うので、医師を目指す人にも多様性があっていいと私は思います。必ずしも皆が若くなくても、子育て中でフルタイムでは働けなくても、何らかの形で貢献できれば十分なんじゃないかと思います。

 

たとえフルタイムで働けなくても、経験や能力に応じて自分なりに医療に貢献することはできると思います。(松本)

色々な人と出会うと、医師としての様々な活躍の可能性に気付くための良い刺激になりますよね。(広川)

 

 

医学生から見た「ダイバーシティ」(後編)

「当たり前」を変えていくのは難しい

――そういう多様なあり方が肯定的に感じられる一方で、皆さんは「医学生はこうでなければならない」というプレッシャーも感じているのではないでしょうか。今現在「当たり前」とされることを変えていけないのは、なぜだと思いますか?

:そもそも医学生は、多様な可能性に気付く機会が限られている気がします。周りが皆医師という特殊な環境に置かれるので、医学生自ら自分にプレッシャーをかけてしまうようなところがあるのではないでしょうか。そういうところに、企業で働いていた人や外国にいた人といった多様な人が来ると、とても良い刺激になるように思います。

:地方だと特に、他の大学との勉強会なども比較的少ないので、大学の中の世界しか知らないまま過ごす人は多いと思います。しかもほとんど皆部活に入るので、本当にムラ社会みたいな感じですね。もちろん、心強いコネクションができるといったメリットもありますが、古くから続く伝統を変えることはなかなかに難しい、というデメリットもあります。私が部活を運営する学年だった時、部活に昔からあるルールを変更するか、という話し合いをした際には、これまで通りにした方がいいのではないか、先輩方が築き上げてこられたうえで今があるのだから変えないほうがいいのでは、と反対する人もいて、なかなか話し合いがうまくいきませんでした。

西:私は、医学的知識がない自分がどうやったら教えてもらえるのかを考えた時に、やっぱり上の先生の顔色を伺わなきゃいけない気がしてしまいます。例えばポリクリを回っていて、どうしても早退しなければならなくなったとき、上の先生にその理由を話すのを躊躇してしまうんです。今はまだ学生だから何の責任もないけれど、これから研修医になって、教えてもらうことが多い立場になった時に、「私休んでいいですか」と言えるんだろうか――そう考えたら、働き続けるのって本当に大変だなと思ってしまいました。もちろん社会的には言ってもいいはずのことなんですけど、言いづらいという気持ちがある。これでは変わらないだろうなと思ってしまいます。

:私は、若い先生方は結構変わってきていると思いますよ。例えば実習で外科系を回っている時、「これからは女性も外科医になる時代だよ」と、多くの先生が声をかけてくださいました。医局にもたくさん女性の先生がいらっしゃるし、皆さん子育てされていて、「パイオニアがいないと変わらないよ」と仰るんです。だから私も子どもができたら、休んだ時期の分は他でカバーするぐらいのスタンスで、堂々としていようと思っています。

西:それはとても素敵ですね。

――では、子育て以外の理由はどうでしょう。例えば、「保育園のお迎えがあるから5時に失礼します」という方がいるなら、「習い事があるので早く帰ります」という方がいてもいいと思いますか? あるいは女性が出産で長期の休みを取るなら、他の人がリフレッシュのために長期の休みをとってもいいと思いますか?

:それはちょっと想像しにくいですね。

A:僕は、女性の同期がもし出産や育児で休むとしたら、それをキャッチアップする役目を担わなければいけないという自負がありますね。もちろん、バケーションに出かけたり留学したりするのもいいなと思いますけど、本当にそれをしてしまうと、海外みたいに患者さんが何か月も待たなければならないような状況になってしまうと思うんです。僕はいつでも診てくれるような医師に憧れてきたので、バーンアウトしない程度に働かないといけないなと思っています。

:確かに、減らせない仕事、誰かが絶対に担わなければいけない仕事はありますね。

西:そう思うとやっぱり、レールの上にまっすぐ乗って、バリバリ働く人も必要ですよね…。

:あと、患者さん側の意識を変えていくことも必要だと思います。「何かあったらいつでも、すぐに主治医が来てくれる」と思っていて、それに期待している患者さんが多いままでは、医療者側がいくら働き方を変えようとしても難しいんじゃないかと思います。

:ただ、休まずにずっと働いている医師だけが医師としての能力が高くて、それ以外の人たちはだめかというと、そんなことはないですよね。ずっと真面目にやっていたからといって、高い業績を出せるとも限らない。短い時間で学べることだってあると思います。だから、休むことを引け目に思うんじゃなくて、働いている間にどう振る舞えるかを大事にしたほうが良いんじゃないかと私は思います。

それに、大学病院にいると「この仕事、本当に必要なの?」と思う仕事がたくさんあるんです。この仕事がなかったら7時に帰れるのに、10時まで残っているなんてこともたくさんあります。でも、そういう今までの慣習を変えていくことができないから、未だに長時間労働がなくならない。例えば、会議をオンラインで行うようにするなど、労働時間を減らす工夫がもう少し必要だと思います。

西:そうやって家でできる仕事が増えるとすごくありがたいです。これからオンライン診療などが進んでいったりすれば、女性の働きやすさにもつながるのかなと思います。

:他にも、患者さんが病院に行く必要があるか迷った時に、アプリで医師に相談できるようなシステムも開発されてきていますよね。こういう効率化がどんどん進めば、患者さんにとっても医師にとっても良いんじゃないかと思います。

:ただ、オンラインでは限られた範囲での診療しかできません。心音も聴いていない状態で診察して、もし病気の見落としがあったら、責任を取るのは誰なんだろう、と思う時もあります。

西:私もそこは気になりました。例えば精神科のように、比較的オンライン診療に向いている科と、向いていない科があると思います。オンラインで診察する医師の賠償責任保険の仕組みも整えていかなければなりませんよね。

A:患者さんの立場に立って考えると、オンライン診療を積極的に受けたい人は多くないのではないかと感じます。僕だったら、海外旅行中にちょっと心配な症状があったときなどにはオンライン診療を使うかもしれませんが、普段は絶対に対面で診察してほしいなと思いますし。それに、精神科にかかった患者さんが、よく調べていくと実は寄生虫の病気だった、というような事例を授業で習ったこともあります。やっぱり僕は、全身を丁寧に診てもらえる医師の診察を受けたいし、僕自身もそういう医師になりたいんです。

外の世界を知ることの大切さ

――今皆さんでオンライン診療について話し合ったように、医師一人ひとりが働きやすい仕組みを作っていくには、様々な可能性について議論し、模索していく必要があるでしょう。議論が活発に行われるためには、「育児も頑張りたいし、医師としてもできるだけ成長したい」「こんな制度があったら嬉しい」など、一人ひとりが声を上げることが重要です。でも、ハードワークを長年こなしてきたベテランの先生方に自分の意見を伝えていくことは、とても勇気のいることかもしれません。

A:例えば、医師としての能力の他に、文章能力が高いといった突出した才能があれば、「いざとなったら他のどこでも働くことができる」と思って堂々と意見を伝えていけるかもしれませんが、逆に「ここじゃないと生きていけない」となってしまうと、その病院の文化に染まらないと生きていけなくなりますよね。

:私は、どうしても合わないと思ったら別の場所に逃げられるように、今のうちにコネクションをたくさん作っています。医師って資格職なので、いざとなったらどこでも働けると思うんです。だから、もし自分が進んだ先でうまくいかなかった時でも、助けてくれそうな先生や仲間を今のうちに見つけておこうと思っています。

――確かに、個人が多様な能力やチャネルを持つことによって、組織から自由になり、自力で環境を整えていくという手段もあるかもしれません。ただこれは、組織の側の多様性が高まるモデルではないですよね。Aさんの言うように、自分に能力やチャネルがない人にとっては、窮屈な世界になってしまう。それでは、皆が多様でいられる場を作るためには、どんなことが必要でしょうか

西:難しいですね…。やっぱり下の立場から変えるのは難しいので、上の方々に変わってもらえるような制度や仕組みができたらいいなと思いますね。いくら訴えても、相手によって対応は変わるものだと思うので、制度という形があったほうが皆が変わっていくと思います。

:制度といえば、欧米のとあるラボでは、土日に働いたり、有給休暇を消費しなかったりしたら、ラボのトップの教授の給料が減らされる仕組みがあると聞いたことがあります。そのような制度が整備されれば、浸透していくんだろうなと思います。

:そう思うと、私たちの世代は労働基準監督署が入ったことで休む時間がしっかり与えられるようになって、運が良かったように思います。現場から学べることはもちろん多いけれど、本を読んだり友人とディスカッションしたりする時間もほしいと思っていたので、ありがたいなと感じました。

:それから、これはもっと手前の話ですが、まずは私たち医学生自身が他者を知ることが大切だと思います。皆が同じ閉じた空間の中で過ごしていると、自分がどういう人間なのか、どういう環境が合っているのかということに、なかなか気付くことができないと思うんです。

:僕もそう思います。確かに、閉じた世界では、考え方の多様性もなかなか生まれづらくなりますよね。

:今はインターネットもSNSもあるし、自分のコミュニティの外の人がどんなことをしているのか知ろうと思えば知る手段はたくさんあるので、積極的にそういうチャンスを作って、ものの見方を広げていく必要があるんじゃないかなと思いますね。私も自分自身のアイデンティティに悩んだとき、ドクタラーゼのつながりで出会った他大の人と会って、初めて外の世界を身近に知ることができました。だから、何でも知ることから始まるのではないかと個人的には思っています。

 

僕は患者として、いつでもすぐ診てくれる地域の医師に憧れてきましたし、自分もそうありたいと思っています。(A)

医療者側が働き方を変えていくには、患者さん側の意識を変えていくアプローチも必要ですね。(林)

若手の立場から環境を変えていくのは難しいので、上の方々に変わってもらえるような制度や仕組みがあったらいいなと思います。(西田)