様々な背景を持った人が活躍できる環境を整えたい
~木戸 道子先生~(前編)

今回は、日本赤十字社医療センター第一産婦人科部長であり、学会など様々な場で働き方改革に取り組む木戸先生に、具体的な取り組み内容や今後の展望についてお話を伺いました。

長時間勤務への疑問が今の活動の原動力となった

島﨑(以下、島):木戸先生は、日本赤十字社医療センター第一産婦人科の部長として院内の働き方改革に尽力され、また日本医師会や厚生労働省、日本産科婦人科学会などでも、働き方改革に関連する委員会の委員を数多く務めていらっしゃいます。先生ご自身も、緊急対応が多い産婦人科で子育てをしながら働き続けてこられて、さぞかし大変だったことと思います。

木戸(以下、木):そうですね。もともと私が産婦人科を選んだのは、女性としての特性を活かして活躍できるのではないかと考えたためです。しかし、三人目の子の育休明けに当院に来た当時、産婦人科には子育て中の女性医師は私しかいませんでした。私は子育てをしながら、当直も他の人と同じようにこなしていましたが、長時間勤務はとにかく大変でした。特に、当直明けにそのまま日勤に入る32時間勤務は、医師にとってだけでなく、患者さんにとっても決して良くないと思いました。このような働き方を下の世代に押し付けてはいけないという気持ちが、今の活動の原動力になっています。

働き方改革のための院内での取り組み

:先生が部長を務める産婦人科ではこれまでどのような取り組みが行われてきましたか。

:当院には、他の病院のモデルになるような様々な取り組みがあります。

まず一つは「交代勤務」です。日勤・夜勤というシフト制を導入しているため、子育て中でも働きやすいのです。平日の昼間に自分の時間を作ることもでき、リフレッシュになります。ただし、シフトの時間が終わったら次の人に必ず引き継げるようにしなければならないため、コミュニケーションがとても重要です。また患者さんにも、複数の視点が入ることで、診療の質が向上するなどの利点があることをご理解いただけるようにしなければと思っています。

二つ目は「タスク・シフティング」です。これは、医師が今までやってきた仕事を他の職種に委譲することをいいます。例えば、医療事務補助作業者に診断書やサマリーの作成補助、研究データの入力作業などをお願いすることで、診療に専念できるため助かっています。また妊娠分娩管理では助産師がケアの中心を担っており、多くのお産を安全に扱うことができています。妊産婦さんからも、医師と助産師が共に観察してくれて安心できると好評です。

インタビュアーの島﨑先生。

三つ目は「スタッフの意識改革」です。患者さんに満足していただける診療を提供するのが、プロとしての責任です。長時間勤務をなくすことは、過労死を防ぐだけでなく、医療安全と質の向上につながっているということを、まずスタッフ全員が認識しなければなりません。さらに、患者さんの満足のためには、スタッフにモチベーションを高く保ち続けてもらうことも大切です。女性医師の中には、ステレオタイプに囚われ、活躍の場を狭めてしまっている人も少なくなく、非常にもったいないと思います。そこで、子育て中の女性医師に学会発表や臨床研究を勧めるなど、ワンランク上の自分を目指してもらうための働きかけを欠かさない工夫も有効です。志の高い医師が診療する方が、患者さんの満足度も上がるでしょう。

四つ目は「病診連携」です。当院でお産をする妊婦さんの健診やケアを、地域のクリニックの先生と分担しています。これによって当院の負担は減り、クリニックには患者さんが増えます。妊産婦さんも近隣でかかりつけ医を持つことができ、安心できます。病診連携は、関わる全ての人にメリットがあると思います。

 

様々な背景を持った人が活躍できる環境を整えたい
~木戸 道子先生~(後編)

少子化の解決を目指し誰もが健康的に働ける社会へ

:先生は働き方改革に関連する多くの委員会に参加され、積極的に発言なさっています。様々な観点からの意見を聞くことも多いと思いますが、大局的にはどのようにお考えですか。

:働き方改革の最終的な目標は、日本の最大の国難である少子化対策なのではないかと思います。現代は医師に限らず、男性も女性も、子育てをする経済的・時間的余裕がない社会になってしまっていると感じます。目先の労働時間だけでなく、もっと長期的な視点で物事を考えていく必要があるでしょう。

健康に働くということは、「体の健康」「心の健康」「家庭人としての健康」を保ちながら働くということです。特に医師には、家庭人としての健康を損ねてしまっている人が少なくありません。パートナーや子どもとの時間を大切にしたいといった願望も、無理なく叶えられるようにしなければならないでしょう。

また、病院の外での経験も医師としての人間性を高め幅を広げるという考え方を、もっと広めていきたいです。例えば子育て経験により、指導医として「褒めて良いところを伸ばす」という意識が芽生え、下の世代を育てるうえで役立つこともあります。

これからの社会が活力を持っていくためには、子育てや介護の経験がある方など、様々な背景を持った人が発言する場を作ったり、その意見が取り入れられる仕組みを整えていくべきだと思います。フルタイムで働くことが難しい人でも、能力を最大限に発揮できる環境を整えていくことが必要でしょう。

ダイバーシティを尊重する社会 自分の可能性を広げて

:最後に、医学生や若手医師へのメッセージをお願いします。

:常に学ぶ気持ちを持っていてほしいです。子育てなどで一時的に現場を離れたとしても、志を持って経験を積んでいけば、ゆっくりでも必ずゴールに到達できると思うからです。

これからも医療界には解決すべき問題がたくさん出てくるでしょう。ICTによる医療の効率化などもどんどん進んでいくはずです。そういった変化の中では、若い方の知恵がとても重要です。年配の方だけでは解決できない問題も、若い方のアイデアを取り入れたら解決できるかもしれません。ダイバーシティとは、まさにそういうことではないでしょうか。

だから若い先生方や医学生の皆さんには、日々問題意識を持って、どうしたら改善できるか考え、行動していただきたいです。そして気付いたことがあったら積極的に提案してください。ドクタラーゼを通じて日本医師会に働きかける方法もあります。

医学医療の分野には多くの問題があるからこそ、活躍できるフィールドはたくさんあります。自分で可能性を狭めずに、臆せず様々なところに出て行ってみてください。

 

語り手
木戸 道子先生
日本赤十字社医療センター 第一産婦人科部長

聞き手
島﨑 美奈子先生
日本医師会男女共同参画委員会副委員長、東京都医師会理事