医師への軌跡

医師の大先輩である大学教員の先生に、医学生がインタビューします。

副作用が少なく効果の高い薬を患者さんのもとへ
藤谷 幹浩
旭川医科大学医学部 内科学講座
消化器・血液腫瘍制御内科学分野 准教授
カムイファーマ(株) 取締役 CSO
尾川 直樹
旭川医科大学 知的財産センター 准教授
カムイファーマ(株) 代表取締役社長

臨床から研究開発の世界へ

上野:藤谷先生と尾川先生は、旭川医科大学内のベンチャー企業「カムイファーマ(株)」で、炎症性腸疾患の新薬開発などに取り組まれています。

阿部:藤谷先生は臨床のご経験も長いですが、研究に携わられたきっかけは何ですか?

藤谷:臨床で患者さんに説明をし続けてきて、結局それは他人の受け売りではないかと感じたことです。「こんな治療法があります」「何%の確率で助かります」とさも自分の見立てのように説明しますが、治療法も生存率のデータも先人の研究成果でしかありませんから。また、臨床を続けるうち、本で勉強した知識と現場とのギャップも見えてきました。カムイファーマ設立の契機にもなった炎症性腸疾患を例にとると、この病気は「腸炎が治らない病気」と習いましたが、いくら炎症を治す薬を投与しても、なぜかすぐ再燃してしまいます。患部を内視鏡で見ると、ただれて傷ついた腸の粘膜が、普通の傷のようにきれいに治っていかないことに気付きました。傷口から菌や有害物質が入り続けることで、炎症が再発してしまうんです。今は炎症を抑える薬しかないので、粘膜の傷をきれいに治す薬が必要だと考え、研究を始めました。

 よく「臨床と研究の両立」と言われますが、医師の研究は臨床ありきで、患者さんに成果を還元することが大原則だと思っています。私の研究も、現場で大勢の患者さんを診ていたからこそできたことです。臨床から完全に離れると、古い経験に頼ることになってしまうので、やはり現場で日々新しい疑問を見つけ、研究につなげる必要があると思います。

創薬の全てに携われる喜び

上野:会社を共に率いる尾川先生は、製薬の分野でキャリアを積まれてきたのですね。

尾川:はい。大学で分子生物学を専攻し、製薬会社の研究所に入ったものの、ずっと「もっと主体的に薬を作りたい」という思いを抱いていました。新薬の開発には研究から治験まで数多くの段階があり、大きな製薬会社では分業化が進んでいて、「この薬を作りました」と言える立場の人は10人いるかどうかなんです。そこを物足りなく感じてベンチャー企業に移り、カムイファーマは4社目の挑戦です。大学では主に、研究成果の特許取得と産学連携に関わっています。ベンチャー企業にいると、嫌でも創薬に関するあらゆるステップに関わることができますから、苦労は多いですが、やりがいも大きいですね。

北海道から安全な薬を届けたい

阿部:カムイファーマの今後の目標は何ですか?

藤谷:今一番の目標は、難病やがんの新薬を患者さんに届けることです。特に「副作用が少ない」という点にこだわっていますね。例えば、抗がん剤は途中で効かなくなることが多いのですが、その原因は「がん細胞が遺伝子変異を起こすから」と説明されています。でも実際は、副作用のせいで薬の量や投与頻度を減らさざるを得ない方が多いんです。そこで、今は乳酸菌が出す抗腫瘍物質に着目しています。乳酸菌を含む食品の健康効果は古くから知られていますが、ヨーグルトの副作用で亡くなったなんて話は聞きませんよね。そんな安全性が高い菌由来の物質を使って、より副作用が少なく、より効果が高い治療薬を作る。これがカムイファーマの使命だと感じています。

尾川:経営者としての目標は、先進的な創薬メーカーを北海道に作ることです。創薬の仕事をしてみたい方は北海道にも多くいるのに、道内には先進的な研究や仕事に取り組める場所がほとんどなく、皆本州に出ていってしまいます。そうした意欲的な方々を受け入れ、北海道から世界に通用する新薬を送り出せる会社にしていきたいです。

阿部 光
旭川医科大学 3年
医師として現場に立ちつつ、疑問や目的を見出して研究に取り組む藤谷先生と、その研究成果を薬という実用的な形で世の中に届ける尾川先生。異なるキャリアを持つお二人が、お互いの仕事に敬意を持って協力している姿に感銘を受けました。

上野 裕生
旭川医科大学 3年
尾川先生の「旭川医科大学には新しいことを生み出す土壌や雰囲気を感じる。医学は発展途上の学問で、だからこそ地方の単科大学にもノーベル賞クラスの歴史的な発見をする可能性が大いにある」というお話に励まされました。