日本医師会後援映画
「山中静夫氏の尊厳死」(前編)
日本医師会が後援する映画『山中静夫氏の尊厳死』が、全国で順次公開されています。今回、医学生がこの映画の鑑賞会を行い、感想を語り合いました。
あらすじ
ここに末期がんを宣告された男(山中静夫)がいます。男は自分の最期を迎えるために、ふるさとに帰り、自らの墓を作り始めるのです。静かに、楽に死んでいくことだけを願って…。
そして、そんな患者を最期まで見守る一人の医師(今井)。職業柄人間の死を多く見過ぎた医師は、やがて自らもうつ病になりながらも、尊厳死とは何か、果たして人間の尊厳死はありえるのかを考えるのです。
(参考:公式サイト
http://songenshi-movie.com/ )
【キャスト・スタッフ】
監督・脚本:村橋 明郎
出演:中村 梅雀、津田 寛治、高畑 淳子、
田中 美里、浅田 美代子
原作:南木 佳士『山中静夫氏の尊厳死』(文春文庫刊)
配給・宣伝:マジックアワー、スーパービジョン
©2019映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会
執筆
外山 尚吾(京都大学医学部医学科 5年)
※本稿の作成にあたっては、外山さんを含む4人の医学生にご参加いただきました。ご協力に感謝いたします。
医師の仕事は「死」と地続き
A:映画を観終わって、印象的だったシーンはどこだった?
B:回想シーンで、医師の今井がペンライトを使って瞳孔を確認して、患者さんの死を家族に宣告する場面があったけれど、そこで少しドキッとした。
A:どうして?
B:臨床実習でも、自分のペンライトで患者さんの検査をすることがよくあるけど、同じ道具が、死の最も象徴的な場面で使われていたから。医師という仕事が「死」と地続きであることを改めて意識させられた。
C:確かに、カルテを見ながら病気や治療について考えることはあっても、「死」そのものと対峙することは少ないね。
D:僕は、実習で担当した患者さんが2週間後に亡くなったことを後から知った時、「死」について考えさせられたよ。今は特別な出来事だと感じるけど、医師になったらこういうことも日常の一部になっていくのかな。
C:医師として仕事をするうえで、「健康に生きる」とはどういうことかを考えなくてはならないと感じてきたけれど、いつか訪れる「死」についても、しっかり考えておかないといけないと痛感したよ。この映画が扱っているテーマは、どんな医師・医学生でも向き合わなければならないことだと思う。
日本医師会後援映画
「山中静夫氏の尊厳死」(後編)
「肺がん」を受け入れ人生を再構成する過程
A:他に印象的なシーンは?
C:僕は、夜中に主人公が一人で病院に来て、電話で今井に「入院させてほしい」と頼むシーンが印象に残った。あの時「山中です」と名乗っても、今井は最初誰だかわからなかったんだよね。
B:その後「肺がんの山中です」って名乗って初めて、今井は彼のことを認識する…。
C:そうそう。あの時、山中はどんな気持ちだったのかなと…。普段僕らが自己紹介する時は、大学名や所属を言うことが多いけれど、「肺がんの山中です」と名乗るということは、「肺がん患者であること」がその時の彼のアイデンティティになっているのかなと思って。
A:僕は、病名をはっきり口にする一方で、「夜になると誰かに連れて行かれそう」と怖がる姿も印象的だった。自分の余命が長くないことを自覚しつつも、死の恐怖には抗えない、その狭間で揺れているのかな…と。
D:がんが進行していくなかで、自分が「肺がんで、余命いくばくもない山中静夫」であることを受け入れる覚悟が必要ってことだろうか?
B:病気になる前は、彼には違う「山中静夫」としての人生があったはず。この作品で描かれているのは、彼が「肺がんの山中静夫」であることを認めつつも、残り少ない時間の中で、肺がんであることを含めて人生とアイデンティティを再構成していく過程のように見えた。
D:なるほど、確かにそう言うほうがしっくりくる。
A:「静夫」としての人生と言ったほうがいいかも。ほら、墓に名前を彫るシーンで、山中は婿入り先の「山中」は書かず「静夫」と彫っていた。
C:彼の「反乱」って言葉も思い出されるね。婿養子である山中が、今まで周りに気を遣ってきたぶん、最後くらいは好きにさせてほしいという。
B:「反乱」という言葉は、婿入り先へだけではなく、自分のアイデンティティが「肺がんの山中静夫」に侵食されることへの「反乱」とも解釈できるなあ。
一人の人間として患者さんと向き合い続ける難しさ
A:少し話は戻るけど、「肺がんの」と言われて初めて今井が静夫のことを思い出したシーンは、医師は患者さんのことを「〇〇歳、××の患者」というように年齢や疾患名で認識していることを象徴しているように見えた。
C:実習中も、医療者同士のやり取りやカンファレンスで当たり前のようにその言い方をするから、嫌でも刷り込まれるよね。
A:その言い方が便利なのはわかるし、すべての患者さんと人間性まで含めた濃い関わりを持つことは難しいと思うけど、それでも僕は「〇〇歳、××の患者」というラベリングを超えた関係を、患者さんと築きたいなと思う。
D:でも、それを続けるのは簡単ではないことも描かれているよね。今井が自宅で虚空を見つめながら、「1日のうちで使える優しさ、他人への気遣いには限度がある。俺はそれを病院で使い果たしているんだ」と言うシーンがすごく心に残ってる。
B:実際、今井が静夫を看取った後にうつ病に罹る様が描かれているね。考えさせられた。
C:「〇〇歳、××の患者」としてしか見ないことは、患者さんの尊厳を奪うことになる。でも、たくさんの患者さんと一人の人間として向き合い続けることは、医師側が消耗してしまう危険を孕んでいる。じゃあ医師はどうあるべきなのだろうか――ということも、この映画は問いかけているように思える。
「尊厳」の形は一つじゃない
D:今「尊厳」って言葉が使われたけど、タイトルにある「尊厳死」って、結局何なのだろうか。
A:さっきの話に基づくと、「肺がんの山中静夫」としてではなく「静夫」としての人生を完遂することが「尊厳死」として、この映画では描かれていると思う。
B:それが「自分で自分の墓を作る」という行為によって象徴されていたよね。そしてそれは「自分の本当の気持ち」を大事にしたからこそ可能だった。
D:うーん、むしろ僕が思ったのは、「自分の本当の気持ち」が、不変の確固たるものとして存在しているわけではない、というところかな。
B:どういうこと?
D:確かに「自分の墓を作りたい」という点では一貫していたかもしれないけど、彼が「どう生きたいか/死にたいか」については亡くなる間際まで揺れ続けていたように思うんだ。彼の「楽にしてくれ」という言葉も、映画の中では一定の解釈が与えられていくけど、僕にはその時々によって意味が違って聞こえた。
C:何かの決断がなされるときって、独立した、他者から切り離された自分が「決める」というイメージじゃないんだよね。そうじゃなくて、たくさんの人たちと話したり、たくさんの環境因子があって、自分を中心として色々なことが起こっているなかから、いつの間にか「決定」がふわっと浮かび上がってくるような感じ。
A:よくわからないけど、要は、人の意思なんてものは本当にあるのか、ってことが言いたい?
C:そう!
D:この映画でも、静夫と今井、そして静夫の奥さんという人々の関係のダイナミズムのなかで、静夫の最期が決定づけられていったように見えた。「患者さんの思うように」というのは医療者にとって便利な原則かもしれないけれど、その原則を一度問い直してみることは大事かもしれない。
B:なるほどなあ。それを踏まえて、改めて死に向かう誰かの「尊厳」が守られているとはどんな状況か考えると、どこかに存在しているはずの「患者さんの本当の気持ち」がそのまま叶えられるということではなくて、「患者さんの本当の気持ち」が何なのか、患者さん自身はもちろん、家族、そして医療者が共に問い続けられる環境なのかもしれないね。
C:その過程で変わっていくことがあったり、あるいは譲れない、変えてはいけないものがあったりする。それが人間だし、「尊厳」の形は一つじゃないと思う。
A:うん。一意に定まらないからこそ、あえて『山中静夫氏の尊厳死』というタイトルで、映画の形で表現される価値があるのかもしれない。
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