地域医療ルポ
一つ所で「人の役に立つ仕事」に生涯を捧げる
岩手県宮古市 木沢医院 木澤 健一先生
本州最東端、リアス式海岸の北端に位置する。漁業と海産物加工が盛んであり、また山や渓流など海以外の観光資源も多い。東日本大震災では8.5メートル以上の大津波による甚大な被害が出た。以降、急速な高齢化と人口減少が進んでいる。
「お前は人の役に立つ仕事をしなさい」――呉服商を営んでいた父からの言葉を受け、医学の道を志した木澤先生。しかし、その父は突然この世を去ってしまう。戦後すぐ、岩手医学専門学校(後の岩手医科大学)に入学したばかりの頃のことだった。
「父は相当な財産を持っていたのですが、ほとんどが国債で、終戦で一銭の価値もなくなってしまいました。一気に奈落の底に突き落とされたような気持ちになり、ますます『何としても医師にならねば』と思いました。」
父の仕事の都合で東京・銀座で生まれ育った木澤少年は、小学校2年生の時に父母の地元である新潟に移り住む。ハイカラで目立っていたため、当然のようにいじめられたが、相手を見返してやるべく勉強し、常にトップの成績を取り続けた。不屈の精神は、この頃から肌身に染み付いていたのだろう。
医専を卒業後、しばらく岩手で勤務医として働いた。母のいる新潟に戻ろうかとも思ったが、岩手も新潟も医師不足に変わりないことはわかっていた。当時定置網漁で名を上げた宮古の名士から、「親代わりになるからこの地域のために働きなさい」と資金繰りなどの支援を受け、それを機にこの地で開業。以来、60年近く、どこへも行かず、地域住民と共に歩んできた。
長い医師人生には、様々な紆余曲折もあっただろう。その中でも、近年最も影響が大きかったのは東日本大震災だ。すでに82歳だった木澤先生だが、自らも被災しているにもかかわらず、4日後には診療を再開した。
「自宅の1階は水に浸かり、車は流され、食料もなかったけれど、それでも慢性疾患で薬が欲しいと訪れる患者さんがいるので、何とかしなければと思いました。また当時は宮古市の医師会長を務めていましたから、地域の医療体制を整える必要もありました。家のことは家内に任せっきりで、医師会の仕事に力を尽くしていましたね。」
そんな先生の背中を見て育った3人の息子は、自らの意志で医療の道へ進み、今や同じ医療圏で働く同志になった。さらには次男が跡を継ぐと名乗りを上げてくれ、安心して過ごせるようになったと木澤先生。
「近年は特定の科だけを専門的に診る医師も増えていますが、それだけでは地域の医師不足は解消されません。言わずもがな、地域をよく理解し、地域に馴染みながらやっていく医療も重要です。今は総合診療医という選択もできますし、若い先生たちにはぜひ自分の居場所を見つけて『ここで尽くそう』という気概を持って臨んでもらいたい。大いに期待しています。」
(写真中央)医院前にて、ご夫婦でのツーショット。
(写真右)鮭が遡上する津軽石川が近くを流れる。
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