地域医療ルポ
地域住民と同じ目線に立ち、誠意を持って接する
鳥取県東伯郡三朝町 湯川医院 湯川 喜美先生
県中央部に位置し、人口は6,300人(2020年9月)。世界屈指のラジウム温泉・三朝温泉は観光だけでなく町民の健康増進にも活用される。農業と観光業が主要産業だが、農業は後継者不足が課題。若年層の流出や少子高齢化に対し施策を講じている。
倉吉市街から車で15分ほど走ると、温泉街の入口が見えてくる。旅館をはじめ、娯楽場やスナック、芝居小屋などが軒を連ね、浴衣で歩く観光客の姿もちらほらと見受けられる。その一角に湯川医院はある。
「祖父はこの町でただ一つの診療所を営んでいました。自動車もない時代でしたから、主に近所の人が来ていましたね。患者さんが押し車に乗せられて来ることもありました。父に代替わりしてからは、往診にも行くようになりました。そういう、地域に根を下ろした診療を幼い頃からずっと見ていましたから、私も自然に医師を志しました。
今の診療所は夫が1993年に開業しました。当時、私は県立厚生病院に勤めており、いずれ一緒に診療しようと思っていたのですが、忙しい日々を過ごしているうち、7年目に夫が亡くなりました。それからは、私が夫の代わりにここで診療しています。」
湯川先生には以前にも開業経験がある。大学を卒業し、インターン後に鳥取大学に入局してしばらく経った頃、別の町で診療所を営んでいた母方の叔父が急逝し、白羽の矢が立ったのだ。
「誰かが継がないと無医村になると聞いて、私がやらなければと思いました。医師としてまだ経験が浅く、不安も大きかったのですが、とにかく誠意を持って患者さんに接することを心がけました。当時、男性の患者さんの中には『女に診てもらう』ことに抵抗を示す人もいましたが、女性ならではの気の配り方や言葉のかけ方を自分なりに考えて仕事をしてきました。徐々に患者さんから話しかけられることが増え、心の交流ができるようになったと感じます。」
内科診療では、運動や食事について患者さんに指導する機会も多いが、できるだけ相手の目線に立つことを心がけている。
「ただ『これはいけません』と言っても、なかなか理解してもらえません。ですから私は『膝にはこういう運動がいいですよ』『こういう物を食べると健康になれますよ』と、実際の経験から指導するようにしています。私自身、大きな病気もせずここまでこられましたからね。」
湯川先生は今年85歳になるが、幸い健康に恵まれ、「今日は仕事が辛いな」などと感じたことは一度もないという。動けるうちは仕事をしたいという先生に、地域医療の醍醐味を聞いた。
「医師という職業にとらわれず、一住民であるという気持ちを持って、地域と一体になることですね。『病院を出たら皆さんと同じ立場です』と、自分から垣根を取り除いていくことが、とても大切だと思います。」
(写真中央)現在の湯川医院は夫の代に建てた。
(写真右)内視鏡検査も自ら行っている。
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