第5講 「学習する組織」を支えるチーム学習
(前編)

「チーミング」という発想

:前回の講義で「学習する組織」について学びましたが、どうやってディシプリンを身につけ、「学習する組織」を作っていけばいいのか、まだよくわかりません。

先生:現在、様々な研究者が、センゲを補完するように「学習する組織」の具体像やアプローチを提示しようと試みています。その代表として、エイミー・エドモンドソンなどが知られています。ここでは、エドモンドソンの有名な著書『チームが機能するとはどういうことか』に依拠して、どうすれば学習する組織になれるのかについて考えていきましょう。

組織的に学習していくことは重要ですが、学習した内容が活用されなければ意味がありません。そこでエドモンドソンは「学習しながら実行する」方法について考えています。学習しながら実行するというのは、「仕事をこなしながら同時にどうすればもっとうまくできるか探し続ける」*1ことであり、行動したあとに省察を行うことで、「絶え間ない、眼を見張るような、ちょっとした学習を、日々の仕事の中に組み入れること」*2です。この「学習しながら実行する」ことの基盤となるのが「学習するための組織づくり」であり、「学習するための組織づくり」の基盤となるのが「チーミング」という考え方だとされています*3。

:センゲがディシプリンとして挙げた「チーム学習」とは違うものなのですか?

先生:チームは名詞で、チーミングは動詞です*4。第1回の講義でお話しした「メンバー同士が互いの能力以上の結果を残すためのチーム」を作るためには、多くの準備が必要です。しかし、医療機関をはじめとする多くの組織では、じっくり時間をかけて特定のチームを作って運営するという状況は珍しく、チームはメンバーが目まぐるしく入れ替わりながら、集合と離散を繰り返しています。メンバーは、互いをよく知る時間が与えられないなかで、なんとか協働していかなければなりません。そこで、「休む間もなくチームワークを続ける」というチーミングの発想が非常に重要になるのです*5。

チーミングを促すリーダーシップ

先生:エドモンドソンは、チーミングを支えるのは「率直に意見を言う」「協働する」「試みる」「省察する」の四つの柱だと言います。メンバーそれぞれが行うこの四つの行動により、効果的なチーミングが行われるとされています*6。

:でも、率直に意見を言い合って、もし意見が対立したとき、建設的に話し合うのは難しそうだなと思ってしまいます。

先生:そうですね。意見の対立は避けられないものですが、あまり居心地のいい状態ではありません。人々が集まってチームを組んだだけでは、この四つの行動はまず実行できないでしょう。

そこで重要になるのが、リーダーが率先して四つの行動を実行する姿勢を見せ、メンバーに働きかけていくことです。エドモンドソンは、そうしたリーダーシップ行動を「学習するためのフレーミング(物事を、より学習を促すような枠組みで捉える/捉えさせること)」「心理的に安全な場をつくる」「上手に失敗し、失敗から学ぶ」「職業的、文化的な境界(物理的距離、地位、多様なバックグラウンドや知識)をつなぐ」の四つだとしています*7。

今回は、この四つの行動のうち「心理的に安全な場をつくる」に着目しましょう。エドモンドソンの研究の中で最も有名なのが、この「心理的安全」の概念だからです。

 

*1 エドモンドソン(2014), p.46
*2 同書, p.46
*3 同書, p.47
*4 同書, pp.23-25
*5 同書, pp.22-25
*6 同書, pp.75-76
*7 同書, pp.101-102

 

 

第5講 「学習する組織」を支えるチーム学習
(後編)

心理的安全を確保する

先生:学習は、不確実性の高い状況の中で、まず行動してみることから始まります。失敗はつきものですが、行動したあとで振り返りを行い、その結果を共有することで、チーム全体の学び合いが進んでいきます。ただし、すべての失敗が肯定されるわけではありません。医療事故など人命に関わるような失敗はあってはなりませんし、組織全体を終焉に向かわせるような失敗も回避すべきです。小さな失敗を積み重ねながら学習することは、そうした重大な失敗を避けるための行動とも言えます。

しかし、失敗について他者と共有するのは難しいことです。また、何かプロジェクトが進んでいる最中に、重大な失敗を引き起こすような懸念事項に気付いても、それを率直に言葉にするのをためらってしまう場合は多くあります。なぜなら人は誰しも、「質問したり情報を求めたりしたら無知だと思われたり、他の人の邪魔をする人だと思われる」「自分の失敗について話したら無能だと思われる」「他の人の仕事に難癖をつける人だと思われる」といった対人不安を抱えているからです*8。

心理的安全は、そうした対人不安を取り除き、一人ひとりが安心して率直に発言できるような状態のことを指します。心理的に安全な環境では、人々が互いに信頼・尊敬し合っており、失敗したり誰かに助けを求めたりしても、そのことで評価が下がりはしないと信じることができるのです*9。

一つ注意すべきなのは、心理的安全は、ともするとぬるま湯に浸かった仲良しごっこになりかねないという点です。心理的安全は、あくまで不確実な状況の中でリスクを冒しながら革新的な行動をしていくことを支援するものでなければなりません。心理的安全だけでなく、各メンバーに課される責任も高い職場環境を築いていかなければ学習にはつながらないのです*10。

:リーダーは、心理的安全をどのように確保していけばいいのでしょうか。

先生:単に「率直に話してくださいね」と呼びかけるだけでは心理的安全は高まりません。エドモンドソンは、いくつかの具体的なリーダーシップ行動を挙げています。まず、リーダー自身が、メンバーと個人と直接話す時間を作り、個人として関わること。また、自分の知らないことは知らないと率直に言ったり、自分もよく間違ったり失敗するのだと認めること。メンバー、特に地位の低いメンバーに、心から「意見を言ってほしい」と伝え、参加を促すこと。失敗は学習の機会であることを強調すること。抽象的ではなく、具体的な言葉で単刀直入に話し合うこと。チーミングや学習を進めるうえで、望ましいことと望ましくないことの境界を明確にすること。また、その境界をメンバーが超えてしまったら、適切かつ一貫した方法で、その人に責任を負わせること、などです*11。

:心理的安全は、研究の世界などでも役に立ちそうですね。実験が失敗したり、当初の仮説が裏切られるような結果が出ることが、より大きな発見につながると思うので。

:実現していくのはなかなか難しそうですが、私もチームを率いる立場になったときは、心理的に安全な環境を作ることを意識したいなと思います。

 

*8 同書, pp.157-159
*9 同書, p.154
*10 同書, pp.169-171
*11 同書, pp.180-190

 

 

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