子育て支援が医局を活性化する
~名古屋大学小児科の子育て支援制度~-(前編)

この制度を立ち上げたきっかけ
伊藤(以下、伊):まず、この制度を立ち上げられた経緯を教えていただけますか?
小島(以下、小):小児科の医師が不足する中で、いかに女性医師にキャリアを全うしていただくかというのは、私たちにとって切実な問題でした。昔から小児科は女性が多い診療科ですが、さらに急速に女性医師が増えており、現在名大の小児科は入局者のおよそ半数が女性です。大学あるいは関連病院で働いていた女性医師が結婚・出産を契機に離職することが多く、一旦職場を離れた人が、常勤として復帰することはほとんどないので、何か良い方法はないものかと思っていました。
伊:女性医師が増えている現在、小児科だけでなくどこでも同じことが起こっているのではないかと思います。制度立ち上げのきっかけは何だったのですか?
小:契機となったのは、5年前に、関連病院の第一線でずっと新生児医療に携わっていたある女性医師から離職の申し出があったことです。彼女は、小児科の中でも忙しい新生児医療を専門としながら二人のお子さんを育てていたのですが、三人目のお子さんを授かり、さすがに今の働き方ではやっていけないと。彼女のように非常にやる気がある医師でも勤務を続けるのが厳しいというのは、個人の問題ではなく、仕組みを変えなければならないと考えました。
そこで、「どういう条件なら働き続けられますか?」と聞いたのです。すると彼女が自主的に、小児科の女性医師にアンケートを取ってくれました。その結果、「週30時間」かつ「当直待機なし」という条件であれば、8~9割の女性医師は働ける、あるいは働きたいという結果が出たんです。
伊:行動力のある先生ですね。
小:このアンケート調査のおかげで、女性医師のニーズがわかりましたので、今度は反対に関連病院の小児科の部長40人に、そのような条件で働くことを希望する女性医師の受け入れは可能なのかというアンケートを取ってみました。すると、答えてくれた部長の大半は、雇用できると回答したのです。
ただし条件としては、医局の人事とは別の形が望ましいとのことでした。つまり、常勤で当直もできるような方と同じ一人としてカウントするのは難しいけれど、あくまでも定員外という形であれば非常に歓迎する、と。そこで、21病院から実際に条件を出してもらい、対象となる女性医師の方とのマッチングを始めたんです。医局人事とは別口ということで、副医局長が担当する形にしました。
こうして2008年からスタートしたこの制度は、今までの4年間で14人の女性医師が利用しています。
プラスアルファとして病院の余裕にもなる
伊:資料を拝見したりお話を伺ったりしていて、ユニークだなと感じたところが二点あります。まず一点は、医局人事とは別枠という点です。病院に派遣する人数枠以外のプラスアルファにすることで、病院にとっても余裕ができるという考え方が非常に面白いと思いました。実際に同僚や上司はどう捉えているのでしょうか。
小:同僚も上司も、概ねポジティブに捉えてくれているようです(図1)。「この制度で来ている方が外来をやってくれることで、自分の仕事が減って、楽になった」という声もあったので、勤務医の負担軽減という観点でも一定の効果はあるのかなと感じています。

子育て支援が医局を活性化する
~名古屋大学小児科の子育て支援制度~-(後編)
医局員が増えることで研究も盛んになっている

伊:もう一つのユニークな点は、制度を利用するためには医局に入局してもらうという点ですね。実際、入局は増えましたか?
小:そうですね。増えているというデータも出ていますし(図2)、「女性医師支援制度があるから」という理由で入局したという方も5人ほどいました。
伊:医局員が増えて、様々な形で働く女性医師が増えれば、それだけ余裕も生まれますよね。
小:はい。実はこの10年間で日本の小児科全体の論文が減っていることが小児科学会で非常に問題になっているのですが、少なくとも名大小児科では英文の研究論文もだいぶ増えてきているんですよ(図3)。
伊:子育て支援制度によって、医局員が増え、業務負担が減って研究が盛んになるという好循環が生まれているのですね。

専門性の高い女性医師を育む
伊:今後の展望について教えて下さい。
小:今後どういった方がこの制度を使われるか考えてみると、いろいろな可能性があるのではないかと思います。
まず、若くてキャリアが浅い先生の場合、子どもを産んでからも臨床経験を積むことができるので、小児科の専門医資格をとるための経験年数を満たすこともできます。これは女性のキャリア形成という点で非常に大きいかと思います。
また、逆に大学院などで専門性を高めた先生がこの制度を使って関連病院に出て、専門外来の担当として働く道も考えられるかと思います。小児科としては特に、サブスペシャリティとしてアレルギーや神経を専門的に学ばれた方は非常にニーズが高いので、この制度を利用してもらうと、病院側としてもメリットになりますね。
先ほど論文の数が増えているという話をしましたが、実はこの制度を導入してから、大学病院における小児科の病床稼働率や、入院収益も増えているんです。すべてがこの制度のおかげということではないのかもしれませんが、研究・診療・教育の三つに対して、いい方向に効果が出ているのかなと感じています。
伊:今後の益々のご発展を期待しております。ありがとうございました。
名古屋大学大学院医学研究科 健康社会医学専攻 発育・加齢医学講座
小児科学 教授
聞き手:伊藤 富士子先生
日本医師会男女共同参画委員会委員
愛知県医師会理事



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