なぜ病床はすぐに増えないのか?

病床=ベッド+医療従事者

T:前のページで、Aさんが「空いているベッドがあるのに、なぜ入院を止めてしまうのか」と言っていましたね。実は、医療機関にベッドを置いておけば患者さんを受け入れられる、というわけではありません。「病床」は、患者さんの診療や療養を支える医療従事者が確保されてはじめて機能するものなのです。

B:「病床が足りない」というと、「すぐ増やせばいいのに」と思ってしまっていましたが、スタッフがいなければ、その病床はないことになってしまうんですね。

T:はい。医療法で、病院や病床の機能によって配置すべき医療従事者の数に基準が設けられています。また、診療報酬でも病床の機能ごとに病床数と看護職員*1数の比率等(看護基準)が定められており、これによって入院患者一人当たりの入院基本料が変わってくるのです。例えば急性期病棟では10対1看護(常に看護職員一人当たり患者10人を受け持つ)、さらに高度な医療を提供する医療機関は7対1看護が基準になっています。

A:じゃあ、看護師が一人確保できれば、7人が入院できるんですね。

T:いえ、看護体制は24時間365日、継続して提供するものですから、実際に7対1の看護を提供するには、患者さん1.5人(病床1.5床)に対して一人くらいの看護職員を確保しなければなりません。

*1 ここでは、看護師および准看護師を合わせて「看護職員」と呼んでいる。

重症病床には手厚い人手が必要

A:人工呼吸器をつけているような、重症の患者さんではどうなるんですか?

T:ICUの場合は2対1、HCUの場合は4対1看護が基準になっています。ただ実際には、基準以上の看護職員を配置しないと十分な医療を提供できないのが実情でしょう。7対1看護の届出をしている病棟のうち、特に重症者が多い病棟の3割以上が、実際には6対1や5対1程度の人員配置をしています*2。また、ICU*3の約8割で、実際は1.5対1以上の人員配置がされています*4。

B:新型コロナ患者を看るためには、さらに多くの人手が必要になりそうですね。

T:はい。人工呼吸器装着患者への対応は1対1以上、ECMO*5装着患者への対応は患者一人に対し二人以上の看護師配置が必要になると言われています*6

:もし新型コロナの重症患者をICUで1人受け入れるとなると、普段の3~4倍くらいの人員を確保する必要があるということになりますね。

T:それに、人手といっても誰でも良いわけではありません。通常、感染症を専門に診るのは、感染症専門医や訓練されたスタッフが多く、厳重な感染症対策もとりやすい感染症指定病院です。そのような体制のない普通の病院が新型コロナ患者を受け入れるには、非常に多くのハードルがあります。

B:感染症対策のために、一部屋ごとのベッド数を減らす必要があるという話も聞きました。感染症や重症患者を看る病床を増やすと、他の診療に大きなしわ寄せがいってしまいますね。

T:そうですね。普段からちゃんと機能する病床を用意すること自体がとても大変なことであり、特に新型コロナのような事態に十分に対応するためには、今後様々な改善の余地があるでしょう。

*2 原出所:日本看護協会 労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)
出所:日本看護協会(2021)「令和4年度診療報酬改定に関する要望書」p.3

*3 特定集中治療室管理料を算定するICU

*4 厚生労働省(2019)「平成30年度病床機能報告」

*5 ECMO… Extracorporeal Membrane Oxygenation(体外式膜型人工肺)

*6 日本看護協会(2021)「令和4年度診療報酬改定に関する要望書」p.2

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