EPISODE #01 精神科救急(前編)
横浜市立大学附属 市民総合医療センター
我が国では年間3万人近くの人が自殺で亡くなっているが、自殺未遂の件数はその10倍と言われる。そして、自殺未遂者が再び自殺を図るリスクは、そうでない人の10倍と言われる。しかし、救急搬送された自殺未遂者は、外傷や薬物中毒の治療が終わると、精神的な治療・ケアを受けないままに退院してしまうことが多い。そのため、再び自殺を図って救急搬送されてくるという事例も少なくない。自殺未遂者が再び自殺を図るという悪循環を減らすためにはどうすればいいだろうか?
問題と解決策
▶救命救急センターで精神科的アプローチができるようにしよう
自殺未遂者の身体的な管理だけをしても再発や背景にある精神疾患の治療に結びつかない。早期からの関わりによって、自殺を図った経緯やその背景などに適切に介入できるだろう。
▷救命救急センターに精神科専門医を所属させる
▷救命救急センターにおいて臨床心理士が患者のケアに関わる
精神科医の日野先生と臨床心理士の伊藤さんは、同病院の精神医療センターの所属でありながら、高度救命救急センターに常駐。センター内をラウンドし、搬送されてくる自殺未遂の患者さんに対応している。
▶背景にある精神疾患の治療・介入に継続性を持たせよう
自殺企図の直後の患者さんの精神状態や、どのようにして自殺に至ったかなどの情報を、病棟看護師や医療ソーシャルワーカーに共有することで、転科・転院先でも適切な治療が受けられるだろう。
▷カンファレンスに病棟看護師が参加する
▷カンファレンスにソーシャルワーカーが参加する
医療ソーシャルワーカーの安藝さんが担当する患者さんは8~9割が高度救命救急センターの患者さんで、そのうち約1~2割が自殺企図の方だという。
▶自殺未遂者に関わる医療者が、
精神疾患やその患者に対する偏見(スティグマ)を持たないようにしよう
精神疾患や自殺に対する偏見は医療者の中に少なからず存在しており、それが適切な治療の妨げになることがある。概して精神疾患に対する知識不足がその原因となることが多く、適切な知識や対処方法を知ることで治療の質を上げることができる。
▷救命ICU・救命病棟の看護師に、自殺未遂者への対応を教育する
日野先生が診察に行く際は、必ず救命ICUや救命病棟の看護師さんと情報を共有しておくようにしている。
EPISODE #01 精神科救急(後編)
横浜市立大学附属 市民総合医療センター
精神科専門職が救急に常駐
自殺未遂で運ばれてきた救急患者に対応するためには、救急の現場で精神科的アプローチをとることができるようにすることが最初の課題だ。そこで横浜市立大学附属市民総合医療センターでは、精神科医の日野先生・臨床心理士の伊藤さんが救命救急センターにほぼ常駐という形で出入りすることで、自殺未遂者が搬送されてきた段階から介入できるようにした。
「身体的治療は基本的には救急医が行いますが、私は精神科医として初療の段階から関わり、患者さんの情報を得るようにしています。またこのチームの救急医である松森先生は、もともと精神保健福祉士(PSW)として働いていた経験もあり、サブスペシャリティとして精神科を学んでいます。」(日野先生)
また臨床心理士の伊藤さんも、ICUなどで患者さんの意識が回復したらすぐ、今回の自殺企図に至る経緯や、これまでどういった生活をしてきたかなどを聞き取る機会を設けている。
「場合によっては、患者さんが目覚める前から家族に連絡を取ることもあります。医師とは違った立場で、本人やご家族に比較的長い時間話を聞いて、その情報を周囲のスタッフと共有しています。」(伊藤さん)
転科・転院先への早期の情報共有
患者さんが意識を回復し、身体的症状が落ち着いてきたら、次はどのようにして継続的な精神科治療へつないでいくかが課題となる。そこで、救急の段階で得られた患者さんの情報を、転科・転院先に引き継いでいくため、精神看護専門看護師とソーシャルワーカーを交えたカンファレンスを週1回行い、情報の共有を行っている。
「例えば多発外傷で入院してきた患者さんであれば、リハビリをしながら精神科治療も並行して進めていく必要があります。そうした患者さんの場合、やはり当院の精神科病棟に転科してもらうという形をとることが多いため、早い段階での精神科病棟スタッフへの情報共有が有効になるんです。」(日野先生)
「精神科病棟の看護師は自殺企図の直後から関わっているわけではないので、どうしても患者さんの外傷後のADL(日常生活動作)はどうか、現在の自殺のリスクはどうかといった、病棟での管理に目が行ってしまったり、病棟に上がってもリハビリに終始してしまうことが少なくありません。私が早めに関わって情報を収集することで、自殺企図に至った生活や心理的背景を精神科病棟のスタッフにも伝えていけたらと考えています。」(遠藤さん)
「ソーシャルワーカーは、ただ単に転院先の病院や施設を探すだけでなく、今後の生活をどうするかを患者さんとともに考えていく立場です。患者さんの生活環境や経済状況まで見た上で、医学的な判断と本人の意向とのすり合わせを行い、こちらから先生方にアドバイスをする場合もあります。」(安藝さん)
救急スタッフも話を聞けるように
自殺未遂者に対する対応ということを考えた時、医療者側の偏見や思い込みによって対応がスムーズにいかないケースも考えられる。救急看護認定看護師の冨樫さんは、そうした偏見を少しでも減らし、患者さんにとってよりよいケアができるようにと周囲に働きかけ、勉強会などを行っている。
「自殺企図をして救急に運ばれてきた患者さんが、意識が戻って最初に接するのは、精神科の専門職の方ではなく、救命病棟やICUにいる看護師なんです。この取り組みを始める前は、これだけ自殺未遂の患者さんがたくさん運ばれてくるところでも、『怖い』『どう介入していいかわからない』という声は聞かれていました。そうした思い込みをなくし、意識が回復した時にできる限り、自殺企図に至った経緯や、今でも希死念慮があるのかどうかなどを聞けるようにと、勉強会などを通して学ぶようにしています。」(冨樫さん)
(写真右)Team Profile
厚生労働省の自殺対策のための戦略研究として、救急搬送された自殺未遂者に対して、心理職・保健師・精神保健福祉士などのソーシャルワーカーによる継続的な介入が行われた。このチームは、その研究の成果を引き継ぎ、自殺未遂者の自殺の再企図を防止するために立ち上がった。
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- 医師への軌跡:窪田 泰江先生
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