医学教育の展望
地域のニーズに応じた
継続的な多職種連携教育-(前編)

地域の課題解決に携わりたいという医療職を増やしていきたい

医学教育はいま、大きな変化の渦の中にあります。臨床研修必修化はもちろん、医学研究の成果や新しい技術の開発に伴って学習内容は増加し、新しい取り組みがどんどん進んでいます。そんな医学教育の今後の展望について、最前線で取り組んでいる教育者を取り上げ、シリーズで紹介します。

地域の課題に応える多職種連携教育

今号の特集でも取り上げたように、多様化する医療ニーズに応えるためには、様々な職種が連携して問題解決に取り組むことが必要である。しかしこれまでの医療専門職養成は、職種間の連携を強く意識したものではなかった。その中で、現場のニーズに応えて多職種連携教育(Interprofessional Education,IPE)に取り組む教育機関が増えてきている。中でも札幌医科大学は、1年次から4年次までの一貫した多職種連携教育の実践に取り組んできた。北海道が直面している地域医療の課題を踏まえつつ、継続して地域に出向き、現場で多職種連携の必要性と意義を実感しながら学ぶのだ。今回は、この教育プログラムを担当する札幌医科大学医療人育成センターの相馬仁先生にお話を伺った。

医学教育の展望「北海道における地域医療の課題のひとつは医療職の偏在です。北海道は広く、拠点となる都市もそれぞれ遠く離れています。札幌などの大きな都市は医療資源も豊富ですが、都市から離れた地域では、医師はもちろん看護師や理学療法士、作業療法士など、他の職種も十分に揃っているとは限りません。ですから、それぞれの地域のニーズに応じて、限られた人材が少しずつ役割を変えながらうまく連携し、『地域完結型』の医療システムを作る必要があるのです。」

さらに、そうした僻地では別の課題も出てきている。

「隣の家までの距離が2~3kmというような地域は、移動手段が車に偏り、運動不足から来る肥満などの生活習慣病が問題になっています。実際に地域の協力を得てデータを取ると、中学生・高校生くらいから、腹囲だけでなくコレステロール値や血糖値の上昇が見られるなど、若年層でも生活習慣病のリスクが高まっている状況です。こうした現状を改善し、住民が健康に暮らせるようにするためには、その地域の医療職はもちろん、行政や福祉も巻き込んで協力しながら予防医療を推進していくことが重要になります。」


医学教育の展望
地域のニーズに応じた
継続的な多職種連携教育-(後編)

教育と研究の両方から医療職の育成に取り組む

こうした課題に対し、大学は何ができるのだろうか。札幌医科大学では、教育と研究の両方のアプローチから、地域医療に携わる医療職の育成に取り組んでいる。

まず卒前教育においては、『地域医療合同セミナー』という科目名で、医学部と保健医療学部(看護・理学療法・作業療法)が合同で地域医療を学んでいる。このカリキュラム(下図)の特色は、4年間に渡って地域滞在実習と学内教育を組み合わせて行うことだ。地域滞在実習では、1~3年次に毎年1回地域に出向いて、実際にその地域で行われているチーム医療を体験する。そして学内教育では、実習の内容を振り返る演習を行い、異なる分野の学生で構成されたチームごとに成果を発表する。そして医学部に関しては、5~6年次の地域包括型臨床実習へと接続する狙いもある。

「このカリキュラムは、北海道の地域医療の実態を理解すること、そして地域における支援策を様々な分野の学生と共に考えることで、自らの専門職としての役割を意識することを目標としています。例えば、実習先のひとつである別海町は、子どもの肥満、精神医療を必要とする高齢者の増加といった課題を抱えています。この課題を、保健師や地域包括支援センターの職員、ケアマネージャーや介護福祉施設の職員が連携して解決している様子を実際に見ることで、学生は地域のニーズに応じた多職種連携を実感することができます。自分以外の職種の実際の動きを知ることで、自らがこれから身につけていく専門性をどう活かしていくべきかを考える機会になるんですよ。」

多職種連携教育を推進することは、地域医療の活性化にも直結する。学部教育の後も、若手の医師が地域医療に携わりながら研究に関わり、学位を取れるような仕組みに発展させることが計画されているのだ。

「近年は、地域特有の課題の解決を目的とした新しい医療の実践拠点を整備しています。例えば留萌市では、札幌医科大学と留萌市の健康福祉部が協力して『NPO法人るもいコホートピア』という団体を立ち上げました。行政や保健師、地域の医療機関と協力しながら、地域住民の健診データを提供してもらい、メタボリック症候群や血管系の疾患、認知症などの研究に活かすという試みです。医師が大学の研究室ではできない臨床研究も、地域で様々な職種・機関と連携すれば可能になる。地域の課題を解決するための研究に携われることが、地域で働く魅力になり、医師の偏在解消につながることを期待しています。この取り組みで、地域医療に強く関心を持つ学生たちの新たな目標・ロールモデルを作れたらと思っています。」

医学教育の展望

フレキシブルな対応のできる医療職を育てていきたい

このように今や日本の多職種連携教育をリードする立場になった相馬先生であるが、実は先生自身は医師ではなく、生化学の研究者だという。

「もともとは、札幌医科大学でアルツハイマー病の分子病態学研究をしていました。そこで『欧米では医師以外が医学教育に携わることも珍しくないよ』と誘われ、教育に関わるようになったんです。実際に多職種連携教育に関わってみると、意外にも高齢者医療などにおいて自分の研究のバックグラウンドを活かすことができた。こうした経験からも、結局医療というのは医学だけでなく、他の様々な学問、例えば情報学・工学・経済学などとも連携して行っていくべきものなのではないかと考えています。実際に5年ほど前から、道内の工業大学・商業大学に声をかけ、共通科目のe-ラーニングを取り入れるなどの連携を行っています。」

最後に、多職種連携教育に関する課題と展望を伺った。

「多職種連携では、事例や地域の実情に応じて『このケースに対してどんなチームを組み、何をするべきか』を考えるフレキシブルな対応が求められます。それゆえ、具体的な教育や評価の方法はまだ発展途上にあるというのが現状です。このような取り組みが拡がるよう、カリキュラムや評価方法を確立していく必要があると感じます。

多職種連携の現場はとても楽しいんですよ。様々な人との出会いがあり、みんなで一つの問題に真剣に取り組む中で、互いの信頼感も深まります。こういう場に、一人でも多くの医療者が関われるようにしていきたいですね。」

相馬 仁先生
(札幌医科大学 医療人育成センター 教育開発研究部門 教授)
生化学の研究者でありながら、医学部と保健医療学部の教養教育部門を統合した医療人育成センターで主に教育・大学運営に携わる。

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