医師の勤務環境の現状と課題(1)

過酷な勤務環境に「耐えながら」働くことは、医師の心と身体にどんな影響を及ぼすのでしょうか。ここでは勤務医の心と身体の健康上の課題について、日本医師会が行ったアンケート調査の結果から考察してみましょう。

忙しいのがあたりまえな中で心身の健康を崩す医師もいる

医学生のみなさんの多くは、医師免許を取得後に勤務医として働くことになります。実習で見る先輩たちの姿などから、「研修医や勤務医が忙しいのは仕方がない」と思っている人も多いでしょう。
医師の取材で医局を訪問すると、夜の8時を過ぎても人の流れが絶えません。テーブルの上には菓子類がいくつもあり、コンビニ弁当やカップ麺が置かれているのもよく見ます。ソファに腰を下ろして一息ついた瞬間、PHSで呼び出されて足早に出て行く医師、ケーシーのままでイスを並べて横になる医師――そんな様子を「あたりまえ」だと感じる雰囲気があります。しかし、そのような生活を続けていくうちに心身の健康を崩し、忙しい医療機関を離れていく医師も少なくありません。

体調やメンタルヘルスの不調を他人に相談しない医師が多い

医師は自身のストレスについての自覚が低く、困ったときに誰かにサポートを求めるよりも、我慢して自分で何とかしようという意識が高い職業のようです。日本医師会が行った調査(「勤務医の健康の現状と支援のあり方に関するアンケート調査」、2009年)の結果を見てみましょう。

まずは「簡易抑うつ症状尺度(QIDS)」に則った設問についての結果を見てみます。
すると、8.7%(約12人に1人)の勤務医がメンタルヘルスのサポートが必要な状態であるということがわかりました(図1、11点以上が「抑うつ状態」とされる)。この尺度では、16点以上は休職や薬物療法が必要なうつ病と想定されるのですが、1.9%がこれに該当しています。つまり、約50人に1人の勤務医がすぐにでも休職や薬物療法が必要な状態にあるのです。

 

一方で、「自分自身の体調不良について他の医師に相談することはあるか?」という質問への回答を見てみると、半数を越える53.3%の勤務医が、「まったくしない」と答えています(図2)。その理由については、「自分で対応できる自信があるから」が54.6%と最も多く、次いで「同僚に知られたくないから」10.7%、「自分が弱いと思われそうだから」6.0%という回答が挙げられています(図3)。医療のスペシャリストであるという自負と、周囲に対して「弱み」を見せたくないという気持ちから、体調不良やメンタルヘルスの不調を訴えずに無理をしてしまう医師が多いことが推測されます。

この結果を重くとらえた日本医師会「勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会(当時)」は、2009年10月から3か月間、Eメールで匿名の健康相談窓口を設けました。しかし、相談の件数は3か月間で7件と、非常に少ないものでした。また、電話相談の窓口も試験的に1日設けましたが、相談は全くありませんでした。忙しい環境で働く医師の心身の健康を守るには、メールや電話で相談窓口を設けるだけでは不十分だったのです。必要なのは、一人ひとりの医師が自分の心身の健康を保つ意識を持つことです。生命を扱う責任の重さややりがいに応えて頑張ることも大切ですが、心や身体の健康を損なう前にきちんと専門家に相談し、自身の健康を管理することも医師としての重要な仕事です。医師が体調を崩すと、最終的には患者さんに影響が及ぶことからも、医師自身の健康管理も含めて「医療の提供」だと言えるのではないでしょうか。

 

医師の勤務環境の現状と課題(2)

勤務医を雇用する病院が組織として対応することも重要

とはいえ、医師自らが意識を変えるだけでは、改善されない問題もあります。特に勤務医は病院に勤務する被雇用者の立場ですので、雇用する側である病院組織が然るべき対策を行っていなければ、勤務医の疲弊を防ぐことはできないでしょう。

そこで同アンケート調査では、勤務医が組織にどんな支援を求めているのか、「勤務医の健康支援アクション」30項目について、「必要だと強く思う」から「全く必要ではない」の5段階評価を行いました。

その結果、「必要だと強く思う」「必要だと思う」の合計が多かったのが図4の6項目でした。これらを分類し直すと、
①休日・休暇や労働時間内の休憩・休息など、医師自身の休息欲求に関するもの
②医療事故対応、患者からの暴言・暴力対策など、仕事上のストレスとなる要因に関するもの
③医師としての診療業務に専念できる就労環境の整備など、働きやすさに関するもの
④女性医師の勤務継続支援など、安心できる就労環境づくりに関するもの

の4つに集約されることがわかりました。

以上のことから、休日や休暇が充分に取れ、いざ事故が起こったときには組織が守ってくれ、医師としての業務にある程度専念でき、子育てや介護をしながらでも安心して働ける…そういう組織を勤務医は求めていると言えるでしょう。

ここまで、医師自身の心身の健康管理に対する意識の必要性と、組織に求められる対応について見てきました。次頁では、それらを踏まえて医師と組織(病院)が何を大切にすべきかをお伝えします。


医師の勤務環境の現状と課題(3)

医師が元気に働くための7カ条

1.睡眠時間を充分確保しよう
2.週に1日は休日をとろう
3.頑張りすぎないようにしよう
4.「うつ」は他人事ではありません
5.体調が悪ければためらわず受診しよう
6.ストレスを健康的に発散しよう
7.自分、そして家族やパートナーを大切にしよう

勤務医の健康を守る病院7カ条

1.医師の休息が、医師のためにも患者のためにも大事と考える病院
2.挨拶や「ありがとう」などと笑顔で声をかけあえる病院
3.暴力や不当なクレームを予防したり、組織として対応する病院
4.医療過誤に組織として対応する病院
5.診療に専念できるように配慮してくれる病院
6.子育て・介護をしながらの仕事を応援してくれる病院
7.より快適な職場になるような工夫をしてくれる病院

医師の健康を守るために必要な「あたりまえのこと」を定着させる

医師がやりがいを感じながら、健康に働き続けられる勤務環境を作るために、医師自身ができることと組織(病院)がすべきことを、日本医師会がそれぞれ7カ条にまとめています。

この7カ条に書かれたことは、一見すると「ごくあたりまえのこと」です。しかし、忙しくて当然の医師の世界では、「ごくあたりまえのこと」が顧みられない現実があるのです。自分のことを考える余裕がある医学生のうちから、自己管理の大切さを認識し、忙しくなった時にも「あたりまえのこと」を確認する習慣をつけておくことが大事なのではないでしょうか。

医師の疲弊が問題になったこともあり、近年は組織的に勤務医を守る動きも進み始めています。日本医師会でも、医師を代表する学術専門団体として、管理者向けのワークショップ研修の開催、そして医療機関の産業医の活用の推進など、様々なアプローチで啓発活動を行っています。

「医師が働きやすい勤務環境」は、個人の力では作れません。一人ひとりが自分の心身の健康を意識し、組織が勤務医を守る対応を着実に実行し、その上で医師同士が互いの心と身体を気づかいながら働くことで、少しずつ実現していくものです。みなさんが医師になってからも、「ちゃんと睡眠を取れているか」「同僚は頑張りすぎていないか」「体調が悪い時に上司に相談できるか」など、7カ条に挙げられた内容を時々意識してみてください。それが、過酷と言われる医師の勤務環境を、少しでも良くする一歩になるはずです。

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