困ったときには、まず身近な人に相談しましょう
保坂 隆先生
医師はストレスに対する対処能力が低い
まず、私が医師の健康問題に興味を持ち始めたのは、「医療崩壊」という言葉が盛んに使われるようになった2000年頃です。それから何とかしなければと思っていたのですが、実際に活動を始めるようになったきっかけは、2007年にメディアが取材に来たことがきっかけでした。アンケート調査の結果を渡され、コメントをお願いしますと頼まれたんです。
その調査結果というのは、医師はあまり運動しておらず、高脂血症や肥満が多く、アルコール性の肝障害も多いというものでした。つまりどうやら、医師は飲み食いすることでストレスを発散している傾向が強く、それ以外の方法をあまり持ち合わせていないということがわかったんです。この時私は、「医師はストレスに対する対処能力が稚拙である」という見解を述べました。当時はちょうど「医療はサービス業だ」などと言われ始め、客室乗務員など接客業で学ぶような接遇研修を導入する病院が出てきて、一方コンビニ受診やモンスターペイシェントといった新たな言葉が生まれるくらい、医療業界に対する世間の期待が高まり、かつ風当たりが強くなってきていた時代でした。
医療崩壊という現象は、実際にはそうした医師のストレス対処能力の稚拙さと、世間の風潮があいまって起こり始めたのだろうと思います。長い間、医師の自己犠牲によって成り立っていた医療の世界ですから、こうした時代の潮流によって、病院から医師が減り、閉鎖に追い込まれる病院も出てきました。しかしそうしたどん底の世代を経て、徐々に新しい波が生まれました。閉鎖された病院を何とか復活させようと地域の方々が積極的に活動を行ったり、それまで医療に対してマイナスの報道が多かったメディアが、だんだん医療を肯定的に報道したりする機会も増えてきました。
医師本人や医療機関が改善に向けて動くべき
そうした中、当の医師本人たちや病院は、改善に向けて動いているのか、私は疑問に思いました。医師だってもう少しうまくストレスを回避し、よりよいストレス・コーピング方法を身につけなければいけないのではないかと。そこで、2008年に私が企画を持ち込んで、日本医師会に「勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会」を設立し、勤務医の健康について調査を行いました。現在委員会では、病院の産業医や管理者を対象としたメンタルヘルス対策や就業規則、勤務環境改善についてのワークショップなどを行っており、徐々に参加者が増えてきているところです。
産業医を活用できるような組織づくりを推進
ただ、若手医師やこれから医師になる医学生にとっては、いざ自分の心身の健康に不安を感じても、どこに相談していいのかなかなかわからないと思います。組織によりますが、風邪を引いたり気管支炎になったりしたとき、自身で、あるいは友達同士で処方しあったりして完結してしまう場合も多く、産業医にまで話が通ることはあまりないのです。確かに医療の現場においては、働くスタッフがほとんど医療職ですから、その組織を守る産業医という立場をうまく利用できているところが少ないのかもしれません。組織の中で産業医をうまく活用できるかは、病院の経営側や管理者の意識に左右されるので、これからさらに管理者向けの研修を強化していきたいと思っています。
身近な人に相談する習慣をつけてほしい
学生さんに対して言えることは、まず入職する際に自分たちが相談できるルートを覚えておきましょうということですね。プロジェクト委員会の調査結果でもあったように、先輩の医師たちは自分の体調不良について他人に相談しない傾向があるかもしれませんが、医師はパーフェクトな存在じゃないということを自覚してほしいと思います。そして、困ったことがあったら、職場ならまず同僚や上司といった近いところから、最終的には産業医というように、身近なところから声をかける習慣をつけていきましょう。互いに助けを求めあったり支えあったりすることは「共助」と呼ばれるのですが、共助は職場で働く上での理想の形だと思います。パーフェクトな人間などいないのだから、困ったときには人と相談して、助けあいながら働いてほしいなと思います。
聖路加国際病院精神腫瘍科部長
慶応義塾大学医学部卒業。カリフォルニア大学留学、東海大学医学部精神科教授などを経て、2013年より現職。他に、京都府立医大客員教授、聖路加看護大学臨床教授を兼職。日本医師会「勤務医の健康支援に関する検討委員会」委員長を務める。
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