平成15年1月
日本医師会長
坪 井 栄 孝 殿
病 院 委 員 会
委員長 大道 久
病院委員会では平成14年7月25日に開催された第1回委員会において、貴職より「地域における臨床研修と医療連携の推進について」の諮問を受け、4回にわたって論議を重ねてまいりました。
ここに、これまでの本委員会の審議結果を「中間まとめ」としてとりまとめましたので、ご報告申し上げます。
委 員 長 | 大 道 久(日本大学医学部医療管理学教授) |
副委員長 | 原 中 勝 征(茨城県医師会副会長) |
委 員 | 今 井 利 賢(北海道医師会常任理事) |
〃 | 沖 田 信 光(佐賀県医師会副会長) |
〃 | 片 山 泰 弘(全国自治体病院協議会副会長) |
〃 | 勝 又 一 夫(愛知県医師会理事) |
〃 | 岸 本 晃 男(東京都医師会病院委員会委員長) |
〃 | 須 藤 祐 司(日本医療法人協会副会長) |
〃 | 高 橋 重 臣(高知県医師会常任理事) |
〃 | 竹 内 正 也(全国公私病院連盟会長) |
〃 | 田那村 宏(全国有床診療所連絡協議会常任理事) |
〃 | 谷 野 亮 爾(日本精神科病院協会常務理事) |
〃 | 中 野 博 美(京都きづ川病院理事長) |
〃 | 西 澤 寛 俊(全日本病院協会副会長) |
〃 | 福 田 浩 三(日本病院会常任理事) |
〃 | 三 上 裕 司(大阪府医師会理事) |
〃 | 道 又 勇 一(宮城県医師会常任理事) |
〃 | 美 原 恵 里((財)脳血管研究所理事) |
目 次
新たな臨床研修制度の基本的な枠組みが概ね定まり、平成16年度の実施に向けた対応が求められている。病院委員会では、地域医療を担う立場から今後の具体的な制度運用のあり方について論議を進めてきたが、それぞれの地域において本制度に対する迅速かつ的確な対応が必要と考えられることから、現段階までの意見を「中間まとめ」として報告することとした。
従来の大学病院を中心とした医師養成は、それぞれの講座の医局員を確保して研究・教育の体制を強化することに主眼が置かれ、地域において患者・住民から求められている医師を養成するという医療全体を見据えた視点が決して十分でなかったということができる。新たな臨床研修制度とその運用のあり方は、まずこのような反省に立つ必要がある。今後は地域における多くの病院や診療所が、それぞれの立場から積極的に医師養成に関わることが強く求められている。
これからは、地域医療を担う医師は、地域におけるそれぞれの病院が役割を分担しながら養成して行くという新しい方向が求められている。今後の困難な地域医療の運営のなかで、このような医師養成という役割を積極的に担うことで、それぞれの医療機関の将来展望を切り拓くことが期待できる。
新たな臨床研修制度の基本的な意義は、今後の地域医療を担う医師は、地域医療を現に担っている病院において養成されるべきであるという理念を実現するところにある。厳しい医療環境の下で地域の病院が臨床研修に関与することは決して容易ではないが、次世代の医師を自ら養成することに関与することは、病院の新たな展望を切り拓く上でも極めて重要である。
地域において、例えば臨床研修病院群の「管理型」または「協力型」病院として対応可能な病院は、できるだけ早期に研修体制を整備して新たな制度に参画すべきである。また、このような臨床研修病院とならない場合でも、「研修協力施設」として関連する診療所や介護老人保健施設が、「地域保健・医療」の研修プログラムの中で臨床研修に関わる意義もまた非常に大きい。多くの病院が何らかの形で新たな臨床研修に関与することが強く期待されており、地域の医師会・病院団体も臨床研修病院群の組織化や連携体制強化の支援に努める必要がある。
新研修制度の導入で、全体から見れば大学病院に在籍する医師数は相対的に減少することが見込まれており、結果として大学病院が派遣先病院から医局員を呼び戻す方向で推移する可能性が高い。特に、小児科や産科などの医師数が相対的に不足している診療領域では、地域医療の確保に深刻な影響が起こることが危惧される。また、医師の確保が困難な一部の地域では研修医が病院の当直業務などに当たっている事例があり、今後の対応が迫られている。
当面は、それぞれの病院が局面に応じて大学医局との協議で医療の継続に支障がないように努力することが必要となる。しかし、新たな臨床研修制度の導入で、大学の医局講座からの医師派遣の流れが変わることは避けられず、派遣を受けてきた病院は今後の抜本的な対応を検討しておく必要がある。
地域医療を担う病院がその役割を全うするには、必要な医師を継続的に確保するための有効な方策を持たなければならない。新たな臨床研修制度の下では、研修医が研修施設のプログラムの内容や処遇に関する情報によって研修病院または研修病院群を選択することになる。臨床研修制度に積極的に関わり、研修医からも選択されることによって、真に地域が必要としている医師を確保することが最も望ましい解決策と言える。
そもそも大学病院の役割は、特定機能病院の制度的な規定にあるように、高度の医療の提供とその教育・研修、およびそれらの開発・評価である。従って、大学病院は将来的には初期研修から、専門医療・高度医療の教育・研修に移行すべきである。また、それと同時に卒前教育の見直しの徹底を図って、初期臨床研修との整合が図られる必要がある。
一方、大学病院は制度上の扱いでは臨床研修病院ではないとされ、今回の一連の規定は適用されないと解釈されるという。しかしながら、大学病院が初期研修を実施する以上は、一般の臨床研修病院と同一の考え方と基準で研修が実施されるべきである。
現在、大学病院と地域医療を担う病院とは卒後臨床研修をめぐって必ずしも十分な意見の一致を見ていないが、現段階では「管理型臨床研修病院」としての大学病院と「協力型臨床研修病院」が病院群として臨床研修に関与することが現実的かつ有効であると考えられる。地域によっては、大学病院に協力型研修病院として関与してもらう臨床研修病院群も想定される。
当面、大学病院と地域医療を担う病院とは、相互に連携して地域における初期研修の円滑な実施体制の構築に努める必要がある。その成果を踏まえて、今後は大学病院における専門医療・高度医療の研修と、地域の病院群における初期研修という役割分担が目指されるべきである。
「医療人として必要な基本姿勢と態度を身に付ける」という研修目標は理解できるところであるが、地域の中で一人前の医師として独立して診療が行える医師にまで養成するという、より具体的で現実的な基本目標を置くべきである。また、プライマリ・ケアという用語と概念が引用されているが、真の地域医療の理解と、「かかりつけ医」機能を担うことができるという目標として解釈されるべきである。
行動目標の中に、患者・医師関係などとともに診療計画や医療の社会性を明記したことは評価されるところであり、従来ともすると臨床研修は診療技術やサイエンスの側面に偏りがちだったが、社会的・人間的側面を通じて地域医療を担うのにふさわしい医師が養成されることが期待される。今後、地域における臨床研修ではこれらの視点を重視して実施していく必要がある。
多岐にわたる研修事項のなかで、「地域保健・医療等」が必修科目とされたことは、地域医療の重要性からみて当然のことである。具体的には、診療所や介護老人保健施設、社会福祉施設、保健所などとともに、へき地・離島診療所などの医療の体験が含まれている。その他、診療録の記載や医療保険の基本的知識の習得も含まれており、限られた期間ではあるが有効な研修の実施が求められる。
研修内容の基本は、1年目に内科・外科・救急を、2年目に小児科・産婦人科・精神科・地域保健・医療を研修することになっている。「管理型臨床研修病院」では研修管理委員会を設置し、原則として8ヶ月以上の研修を実施する必要があり、「協力型臨床研修病院」では少なくとも1人の指導医を定めて管理委員会に出席することになっている。また、「研修協力施設」での研修期間は合計3ヶ月以内とされている。地域医療を担う病院は、これらの基本的条件と選択肢を勘案して、新たな臨床研修制度に積極的に関与することが期待されている。
臨床研修施設の基本的な要件は、制度の趣旨を踏まえて研修目標を達成できることであり、病床規模や診療科目、あるいは人員配置などの施設基準に拘泥した運用は適当でない。特に「協力型臨床研修病院」の指定、および「研修協力施設」の選定には、地域医療の現場における臨床研修の実施と普及の重要性を踏まえ、地域の特性と実情を十分に考慮した柔軟な対応がなされるべきである。
「臨床研修病院群」は、臨床研修のみならず医療そのものについても、それぞれの病院間で連携体制が確立していることが本来の姿である。この観点から「臨床研修病院群」は二次医療圏内に所在していることが原則であるが、へき地・離島などにおいて圏域内で臨床研修病院群を構成することが困難な場合はこの限りではない。むしろ医療圏を越えて臨床研修病院群に参加することで、地域での医療を担う医師の確保につなげていくことが期待される。ただし、同一の大学または開設者による臨床研修病院群の系列化は適切でない。
臨床研修病院は、病院としてのあるべき機能を備えている必要があり、単独型臨床研修病院と管理型臨床研修病院は、日本医療機能評価機構等の第三者評価機関によって認定されていることが望ましい。
指導医は、研修期間を含めて臨床経験7年程度以上で、十分な指導力を有する者とされている。指導医には、地域医療を担う力量と経験が求められるのであり、現段階で専門医資格などの要件を課すことは必ずしも適当でない。特に、「協力型臨床研修病院」および「研修協力施設」における指導医については、実情を踏まえた現実的な運用が図られるべきである。
研修の現場では、臨床経験4〜5年の上級医が指導することが有効であることも経験されており、本制度における指導医は、研修プログラム全体を踏まえて対応すべき研修の範囲を明確にし、院内の診療体制との調整や他の研修病院群との連携を図るコーディネーターとしての役割を果たすことの方が重要である。
従って、指導医としての講習は、臨床研修制度や研修プログラムの趣旨と全体像および制度の運用方法などに重点を置くべきである。また、指導医講習会への画一的な受講を強いることは適当でなく、単独型・管理型・協力型のそれぞれの役割に応じた対応が必要である。管理型と協力型の臨床研修病院は、地域の特性に応じて様々な形で研修に関わるのであるから、講習会も地域の実情を踏まえて、その地域の医師会などが中心となって柔軟に実施されることが望ましい。
「管理型臨床研修病院」と、「協力型臨床研修病院」および「研修協力施設」における研修カリキュラムの分担、指導医の体制、研修医との雇用関係、手当ての負担など一定の方向は示されているが、実際の運用にあたっては現実的な対応に向けて早期の検討が必要となる。
特に研修医の手当てなどの費用負担がどのようになるかによって、実際の研修への対応は大きく異なることになる。「臨床研修病院群」の構築とそれらの病院間の連携を円滑に進めるためにも、研修医の具体的な処遇をできるだけ速やかに明確にすべきである。
研修プログラムと施設に関する情報の透明性および研修医の選択の自由を確保する観点から、研修希望者と研修施設の組み合わせを決定するマッチング方式が適用されることになっているが、その運用にあたっては、研修施設やプログラムの格差が助長されないように配慮されるべきである。地域の研修体制に著しい格差が生じ、特定の臨床研修病院群に研修医が集中するようであれば、その背景を十分に検討した上で、適切な調整が行われる必要がある。
マッチング方式の運用は、国またはその関連機関があたる事は必ずしも適当でない。全国的なネットワークを持つ日本医師会等がイニシアティブをとり、中立的な組織による対応がなされることも考えられる。いずれにしても、新制度の運用開始が迫っており、具体的なマッチングの運用主体と運用方式が早期に明示されるべきである。
新たな臨床研修制度の導入の趣旨を踏まえて、研修医としての身分が保障され、研修に専念できるように処遇されなければならない。研修医の手当ては、専門職として年齢相応の生活を保障する額が支払われるべきであり、具体的には月額30万円程度を支給することが必要である。その財源については、基本的には国が確保すべきであり、研修施設の負担、あるいは研修医自身のアルバイトなどによることは適切でない。
身分保障としては、まず健康保険や年金など社会保険制度に加入できるように配慮されなければならない。また、保険医として位置付けて保険診療を可能としていることは妥当であるが、それをもって研修医の手当てを保険財源から振り向けるとする考え方については、そのために医療費をさらに圧迫する恐れがあり、まず国の一般財源において確保されることを求める。
財政的制約からやむを得ず研修医の診療活動による収入を認めるとするならば、その具体的な考え方や指針を明確にする必要がある。研修初年次の単独の診療は認められるべきでないが、研修医も医師免許を持つ保険医なのであるから、2年次については一定の範囲で診療が容認されてよい。その場合、診療可能な範囲や対応困難な場合の手順を明確にするなどして、地域医療の経験が臨床研修として役立つことが望ましい。
研修を適正に実施しようとすれば、指導医は臨床指導のみならず他の研修病院との連携・調整などの管理業務のために時間を割かれ、研修施設の診療収入が減少することも考えられる。また、研修設備や研修医の宿舎などの整備も必要となる。研修医の身分・処遇だけでなく、このような指導医や研修施設の負担についても、適切な財政補助または支援が配慮されるべきである。
臨床研修病院群の運用については、関連する研修施設それぞれにおける研修医に対する手当ての支給の仕方や研修費用の分担について、実務面を含めて早急に具体的な検討をする必要がある。また、研修医の傷病等による履修の中断や、女性医師の産休などについては、研修医の身分保障の観点から一定のルールによって適切に対応されるべきである。
研修医には労働者の側面があるものの、基本的には医師としての研修・教育を受ける立場の者である。また、医行為には労働者性で律しきれない倫理性と専門性があり、またそれらによる裁量権が認められている。臨床研修とは、プロフェッションとしてそれらの基本的なあり方を身に付けることなのである。従って、一般的な労働者の立場と医師としての研修・教育を受ける立場を、外形的な時間や業務内容で捉えることはなかなか困難であるという特質がある。このような特質のある研修医の身分を単なる労働者と位置付け、労働基準法などによる規制や適用がそのまま実施されることには問題がある。
研修医は医師免許を取得しており、保険診療ができる保険医としての身分が付与され、医療法上の医師数にも算定される。しかし、その診療は指導医の指導の下で実施されることが原則であり、保険医であることによってそのまま1人の医師として業務に従事し、相当の収入で病院に寄与する労働者であると見做すには無理がある。
しかしながら、以上のような見解をもってしても、研修の意味合いが少ない業務に長時間就業させるような事態は避ける必要がある。どこまで労働者として対応し、また研修する身分として対応するか一定の見解が求められる。病院の様々な実情があるにせよ、研修医が一定限度を超えて就業することは社会通念上許されることではなく、研修・教育の要素を含めても上限となる時間や勤務の状況については一定の指針を作成する必要があろう。
この問題は、研修医自身が自らの労働者性をどのように考え、日々の業務の中から研修としての意義をどのように受け止めるかが重要である。研修医は病院と協議する機会を持ち、また他の研修医と情報交換を密に行うことになるであろう。そして、研修医の主体的な判断により、その病院の研修が適切でないと評価したならば、その病院は研修病院として選択されなくなる。臨床研修病院は、まずより適切な研修を行うことに努め、その成果によって研修医に選ばれることを期待すべきであろう。
これからの地域医療を担う医師は、地域の医療を担う病院とその周辺の連携施設群が主体となって養成することが望ましい。新たな臨床研修制度はこの理念を実現する可能性を持っており、地域の多くの病院が臨床研修に参画することが求められている。今後の地域医療にあっては、このような医師養成の過程で成立した病院群において、医療そのものについても有効な連携体制を構築することが期待できる。望ましい地域医療を実現するためにも、病院・診療所は新たな臨床研修制度に積極的に参画して育てていく必要がある。また、そのことによって、それぞれの将来展望が拓けることを確信する。
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