
〜 混合診療の意味するものと危険性 〜
2003年6月
日 本 医 師 会

Q1.最近、新聞報道などで、「混合診療」という言葉を目にしますが、混合診療とは何ですか?
A.
- 日本の健康保険制度では、健康保険でみることができる診療(薬や材料も含みます)の範囲を限定しています。
- 混合診療とは、健康保険の範囲内の分は健康保険で賄い、範囲外の分を患者さん自身が費用を支払うことで、費用が混合することを言うのです。
Q2.いまは「混合診療」が認められていないのですか?
A.
- 日本では、健康保険の医療に関する価格を厚生労働大臣が決めています。
- そして、健康保険の範囲内の診療と範囲を超えた診療が同時に行われた場合でも、平等な医療を提供するために、範囲外の診療に関する費用を患者さんから徴収することを禁止しています。
- もし、患者さんから費用を別途徴収した場合は、その疾病に関する一連の診療の費用は、初診に遡って「自由診療」として全額患者さん負担となるルールになっています。
- 一連の医療サービスの中で、例外として患者さんから別途費用徴収を行うことが認められているのは、差額ベッド(入院した時の個室代)や新しい高度な医療技術などのごく一部です。
Q3.差額ベッドなどの例外を増やすことによって混合診療が認められれば、保険外の診療を行っても全額自費にならなくて済むのではないでしょうか。その方が患者さんにとっては便利なのでは?
A.
- 一見、便利にみえますが、混合診療には、いくつかの重大な問題が隠されています。例えば、次のようなことです。
- 政府は、財政難を理由に、保険の給付範囲を見直そうとしています。混合診療を認めることによって、現在健康保険でみている療養までも、「保険外」とする可能性があります。
- 混合診療が導入された場合、保険外の診療の費用は患者さんの負担となり、お金のある人とない人の間で、不公平が生じます。
- 医療は、患者さんの健康や命という、もっとも大切な財産を扱うものです。お金の有無で区別すべきものではありません。「保険外」としてとり扱われる診療の内容によっては、お金のあるなしで必要な医療が受けられなくなることになりかねません。
- 混合診療の背景には、このような問題が潜んでいます。
Q4.さきほどの回答の中に、「保険外の診療の内容によっては」という言葉が出てきましたが、例えば 保険で認められていない薬があって、その薬が安全で有効なものなら、患者さんもお医者さんも使えるように、混合診療として認めたほうがよいのでは?
A.
- もし、安全で有効なことが客観的に証明されている薬ならば、保険外ではなく健康保険で使えるようにすれば、すべての患者さんが公平にその恩恵を被ることができます。
- つまり、時間をかけずに、速やかに保険で使えるようなルールをつくれば済むことです。
Q5.それでも、保険で適用されなかった場合に、その薬が使いたいのであれば、混合診療として認めたほうがよいのでは?
A.
- まず、いまの薬の承認制度が、必ずしも判断基準が明らかでないことや、審査・承認までの期間が長すぎるという根本的な問題があります。製造や輸入の承認や健康保険適用の判断基準を明確にして、審議や結果をオープンにすることが必要です。
- そのうえで保険適用されなかった薬は、有効性や安全性等の問題が指摘されたものと考えられます。
- このような薬の使用を混合診療として保険外で認めれば、結果的に使用を促進し、重大な健康被害等が全国に拡大するおそれがあります。保険外であっても、安易に認めるべきではありません。
Q6.使用数が保険で制限されている材料があると聞きます。ひとによって、多くの材料が必要な場合は、制限を超えた分は患者さんの実費でみれば、全額患者さん負担よりは納得感があるのでは?
A.
- 医療は、同じ病気であっても、患者さんの年齢や体力、ほかの病気の有無などによって、個別の対応が必要です。その患者さんに一番合った治療方法が選択されるべきです。
- したがって、患者さんによっては、保険で制限されている数以上の材料が必要な場合もあります。
このような場合は、患者さんの容態を客観的に判断し、医学的に必要な場合は保険でみるようにすればよいのです。
- 医療を「平均」で扱うのではなく、患者さんの「個別性」を加味することが必要です。
Q7.混合診療に問題があるとしながらも、現に差額ベッドなどは認められています。これらは今後どのようにすべきですか?
A.
- 現在の制度の中で認められている混合診療(特定療養費と言います)は、1)新しく高度な診断や治療で普及度が低い医療技術を指す「高度先進医療」、2)入院時の個室や予約診察など、どちらかというと患者さんのアメニティ(快適性)に関わる「選定療養」、の2つに大別されます。
- まず、高度先進医療は、有効性や普遍性が認められるものは、すべて保険適用するのが筋です。そして、より多くの患者さんが高度の医療を保険で受けられるようにすべきです。
- 差額ベッドなどのアメニティに関するものは、そもそも診療行為ではありません。したがって、その部分で患者さんから費用を徴収しても「混合診療」には該当しないと整理すべきです。
こんなケースはどうすべき?
具体例(想定ケース) | 日本医師会の考え方 |
薬Aは、肺炎の薬として承認されているが、薬の成分や作用からみると、ある一定の他の病気にも効くことが明らかである。このような場合は、他の病気のときも自費で使えるようにしたら? | ○薬の成分、作用から他の病気にも有効であり、安全性も客観的に証明されるものであれば、速やかに健康保険で他の病気にも使えるようにするのが筋。そうすれば、多くの患者さんが助かります。 |
手術のときに、切った部分を縫合する機器(自動縫合器)を使って縫った場合、手術によって、例えば2個までとか4個までしか健康保険では認められていない。傷口の状況により、もっと多く使う必要がある場合、数を超えた分は自費で料金をとれるようにしたら? | ○患者さんの状態によって、多く使う必要がある場合は、個別に健康保険で認めるべき。病気やけがに対する治療は、患者さんの年齢や体力などによっても異なるので、個別に対応すべき。 |
胃のピロリ菌を除去する療法は、2回までしか健康保険で認められていない。3回目以降は自費で行えるようにしたら? | ○大多数のケースでは2回で菌を除去できるとしても、医学的に3回目以降も必要であれば、患者さんの特性に応じて、その分も健康保険で給付すべき。 |
日本医師会は、混合診療の容認に反対します!
- 社会保障を充実させることは、国の社会的使命であることが日本国憲法にも規定されています。国が果たすべき責任を放棄し、お金の有無で健康や生命が左右されるようなことがあってはなりません。
- 医療は、教育などと同様に「社会的共通資本」であるという考え方を私たちは持っています。
- 医療が、国民の生命や健康をより高いレベルで守るという公共的使命を強く持つものだからこそ、すべての国民が公平・平等により良い医療を受けられる環境でなければなりません。
- 健康保険の範囲内の医療では満足できず、さらにお金を払って、もっと違う医療を受けたいというひとは確かにいるかもしれません。しかし、「より良い医療を受けたい」という願いは、「同じ思いを持つほかのひとにも、同様により良い医療が提供されるべきだ」という考えを持つべきです。
- 混合診療の問題を語るときには、「自分だけが満足したい」という発想ではなく、常に「社会としてどうあるべきか」という視点を持たなければならないと考えます。
- 混合診療は、このような考え方に真っ向から対立するものだからこそ、私たちは強く反対するのです。