医療改革を実現するために
―日本医師会の提言―

 

2001年9月21日
(社)日本医師会

【I】医療の基本的あり方の認識

 医療とは、傷病によって健康が阻害され、ときに生存をも脅かす根源的な苦痛や不安を持つ病者に対し、それらを癒し、救済するための知識・技術経験を有する者が、病者の健康を願い、生命を尊重することを第一として行う人間的な活動を原点とするものである。

 医療を受ける者と医療を提供する者が、健康や生命の価値を価格に換算して取り引きするのではなく、医療の対価は医の倫理、または生命倫理に照らして得られるべきものと考えられてきた。

 この考え方は時代を超えて普遍的なものであり、今後とも医療は医療を受ける者と提供するものとの人間的な信頼関係に基づき、科学的専門性と倫理的な自律のもとに成立すべきものである。

 

【II】わが国の医療制度の高い評価

 先進諸国の中で、制度の公平性・平等性、健康指標、医療提供コストとも、最も高い評価を受けているわが国の医療制度はマクロ的には成功していると考えるべきである。(図表1、2参照)

 この成功の大きな要因は、国民皆保険体制を確立していること、現物給付に基軸を置いた医療保険制度の設計に加え、医療の非営利性という見識を守り、国民の医療へのアクセスを平等・公平に確保していることにある。

 ミクロ的には、21世紀に入り、現行制度の中で見直すべき課題があることは確かであるが、改革と称してわが国の世界的財産とも言うべき医療制度の優れた特徴を捨て去るような考え方や方法論は断じて容認すべきではない。

 

【III】改革論議の問題点

1.独断的改革論議の流れ

 現在の改革論議においては、いかに正当な理由をもって政府の改革の方向性に異議を唱えても、「守旧派」のレッテルを貼られてしまう。マスコミによる安易な「改革派」vs「守旧派」という図式づくりがこれに拍車をかけていることは否めない。

 このような状況を背景に、政府の改革方針の基礎となる素案を審議する経済財政諮問会議や総合規制改革会議自体が自らを聖域化してしまっている。

 すなわち、当該分野の専門家を排除したメンバー構成による独断的議論が進み、外部の意見には耳を傾けないという結果を生んでいる。

 今後の国家のあり方を左右する重要な審議会であればこそ、専門家の識見を公正に聴取する姿勢が強く求められる。

 

2.営利企業の医療への参入の問題

 教育、福祉などと同様、憲法で保障される国民の権利に重大な影響を及ぼす制度に関して、長い歴史を覆す間違った改革方向を選択すれば、やがて国のあり方が大きく変容する。

 つまり、医療における株式会社という営利組織の参入は、国家の社会保障に対する哲学を問う根源的な議論だという認識を持つべきである。

 医療において、利潤追求を優先順位の第一とする株式会社の参入は、医療を非営利と位置づける法体系に反する。さらに、生命への価格付けが強く否定されている国際社会に合意された医療の基本理念を大きく逸脱する。

 収益性の高い領域を選別し、不採算部門を切り捨てざるを得ない営利活動は、結果として地域医療に深刻な矛盾と混乱を招くことになり認めるべきではない。

 

3.公的保険と民間保険併用の問題

 この考え方は、「強きを助け、弱きをくじく」式の考え方につながる。

 医療は、常に何らかの形で生命に関わっており、わが国の国民意識から、支払能力によって格差を設けることに対する理解が得られるとは思えない。たとえ支払能力があったとしても、民間保険は営利追求が原則である以上、リスクの選択が行われ、すべての国民が加入できるわけではなく、公的保険の代替にはなり得ない。

 したがって、現在公的保険で給付されているものは勿論のこと、普遍性のある医療については、今後ともカバー範囲を明確にしてあまねく公的保険で給付されるべきである。(図表3)

 しかし、技術革新の結果将来的に発生が予想される当該治療を受けるか否かの判断が、受療者個々人の哲学・理念に大きく左右されるような選択性の強い先端医療については、民間保険、貯蓄、基金の活用などによって、国民のアクセスを可能にすることが検討されるべきである。

 

4.医療費の総枠規制の問題

 医療費総額の抑制及び上限設定をはじめとする総枠規制を前提とすることは、必要な医療の量の提供を阻害し、不十分な提供量は必ず質の低下をもたらす。

 それは、諸外国において実施されている過度の医療費管理が、膨大な数に上る治療待ち患者の発生など、必要な医療が受けられない国民を生んでいるという悲劇からも明らかである。

 わが国の医療費の水準が、国際比較上からも決して高いものではないことを十分に認識した上で、国民が「安心できる」医療提供体制を構築することが優先されなければならない。

 老人医療費の伸びの調整は、診療報酬体系の見直しを通じて達成されるべきである。

 

5.IT化の進展とその活用の問題

 ITは、情報端末機能の飛躍的向上と普及、データベース構築技術の進展により情報伝達のツールとしての活用が期待される。

 医療機関内におけるIT化、医療機関相互のITによるネットワーク化、医療機関と地域住民との情報伝達としてのITの活用など、医療に関する情報の共有化と情報公開が今後ますます進展することが予測される。

 正確で、客観的な情報の開示は、医療の質の選択を可能にし、医療の質の向上に結びつくと思われる。

 日本医師会は、医師患者間の強固な信頼関係を構築する上で、情報開示の価値を認識し、主体的に医療情報ネットワーク構築プロジェクトをまさに推進しているところである。

 一方、IT化推進のインフラ整備は個々の医療機関内で独自に行われているが、ネットワーク化を含むインフラ整備と維持・管理に必要な財源は10年間で18兆円、1年間で1.8兆円にものぼることが推計される。(図表4)

 財源手当については、この費用を医療機関のみでまかなう必要があるのか、あるいは国を含む関係者で分担するのかの提案は皆無である。

 IT化推進に向けての具体的提案が強く望まれる。

 

【IV】平成14年度に向けての医療構造改革の提案

1.3つの目標の設定

(a) 国民皆保険体制の維持

(b) 現物給付制度によるフリーアクセスの確保

(c) 医療の質の維持向上

 

 国民との強固な信頼関係を確保しつつ、適確な近代医療を提供する上で医療提供者の意識構造改革が不可欠であり、以下の取組みを行う。

 

(1) 情報提供の推進

@全ての医療機関に対し、現時点における適正な医療水準を示す、EBMの考え方に基づくガイドラインなどの新しい医療情報のネットワーク化を推進する。
A医師が自ら積極的に診療情報の開示を推進する。
B地域医師会が当該地域住民のために、地域医療マップなど、わかりやすい医療情報の提供に具体的に取り組む。
Cこのように、新しい医学・医療の情報が医療関係者や国民に十分開示・伝達されることで、地域医療の向上を目指す。

 

(2) 医療の質の向上

@大学や養成機関における医学教育においては、臓器別専門教育の偏重を是正し、全人的医療をより重視する方向に転換を図る。
A医療関係者の卒後研修、生涯教育を充実し、自己研鑚の環境整備を促進する。
B高度先進医療技術の開発と導入に向けた支援システムを構築する。
C財団法人日本医療機能評価機構による病院機能の客観的評価対象の拡大と推進を図る。

 

2.制度面の具体的対応

(1) 高齢者医療制度創設と一般医療保険制度の再構築

 現行老人保健制度ができた1983年当時からの平均余命の伸び、人口構造の変化、痴呆や寝たきりの発生率等、客観的データの検証結果から、対象を疾病の罹患に対するリスクの高い後期高齢者とする独立型の「高齢者医療制度」を創設する。(図表5)

@ 高齢者医療制度の概要

75歳以上の後期高齢者を被保険者とする。
都道府県あるいは広域連合体を保険者とする。
保障的性格を有する制度とする。
財源として公費を90%、保険料と自己負担を10%程度とする。
医療保険各保険者からの拠出金を廃止する。
診療報酬は、慢性期は医療依存度、自立度、痴呆度を加味した合理的包括払い方式を導入する。
独自の高額療養費制度を設定する。
将来的に介護保険制度との統合を検討する。
高齢者医療の体系化を図る。
終末期医療については、在宅医療技術やホスピスケア等の普及を図ると共に、「看取り」の医療に対する国民的合意形成を推進する。
患者及び家族とのインフォームドコンセントをより強く推進する。

 

A 一般医療保険制度の再編

 新しい老人医療制度の創設に伴い、74歳以下を対象とする一般医療保険制度については、原則として保険料と一部負担を財源とする「保険原理」で運営することとする。

<一般医療保険制度の概要>

財源は保険料80%、自己負担20%とする。
現行の医療保険各保険者を保険者とする。
70〜74歳の被保険者に対する保険料、自己負担の軽減措置を設定する。
国保未収保険料の回収対策とともに、市町村国保の公域化を図る。
組合健保間の財政調整を促進し、保険者の整理・統合を図る。
将来的には次に示す段階を経て、地域保険の統合一本化を図る。
 県内の国保は国保内で、被用者保険は被用者保険内で個別財政調整を開始。
 国保と被用者保険間で財政調整を実施。
 県内の国保と被用者保険を地域保険に統合する。

 

B 経過措置

 一般医療保険制度の再編と合わせて、激変緩和措置として対象年齢、公費投入率を徐々に引上げ、保険者拠出金を徐々に引き下げる段階的実施を想定する。

 

(2) 生涯保健事業の推進

−健康投資概念の確立と健康基本法の制定−

 

@ 「健康基本法」の制定

 健康であることは、真に豊かで活力ある生活をおくるための重要な要件のひとつである。単に寿命を延長させるのではなく、同時に長寿における質的な側面の向上を図る必要がある。

 そのためには、疾病の早期発見・早期治療を主たる目的とした従来の二次予防から、疾病の発症予防、すなわち一次予防を包括した「健康増進」に着目した施策を積極的に推進しなければならない。

 健康増進を実現するための保健医療への投資は、国民個々人のみでなく、わが国の活力を維持・向上させるための投資、すなわち「健康投資」であるという概念を確立・定着させ、「健康投資」政策としての予防医療の充実を図る。

 併せて、日本国憲法第25条に示す国民の生存権、健康権について、より高いレベルでこれを総合的に保障することを明らかにする法的な手段として、「健康基本法」の制定を提唱する。

 

A 生涯保健事業の体系化

母子保健、学校保健、産業保健、老人保健と、年齢等に応じて別個に実施されている現行の各種保健事業を見直し、一貫性のある健康管理を可能とする「生涯保健事業」として体系化する。
国民の健康資質を向上させるため、生涯にわたる健康情報を一元管理するシステムを確立する。
個人情報の保護のために十分かつ適切な措置を講じる。

 

B 健康教育と健康科学の推進

健康に対する正しい知識の普及を図るため、家庭、学校、地域、職域社会による支援体制を整備したうえで、健康教育活動の充実を図る。
健康増進に対するインセンティブは、可能な限り早い時期に与えることが適切であることから、とくに学童期における健康教育を積極的に推進する。
健康を評価する手法の開発、健康投資の効果に関する研究等、健康投資に関わる緒施策の研究を深め、「健康科学」の推進を図る。

 

(3) 医療提供体制の再構築

@ 地域医療の推進

地域医師会が中心となって、かかりつけ医を支援するための医療機関間連携強化を図る。
より信頼できる迅速な救急医療体制を確立する。
僻地等における十分な医療提供システムを確立する。

 

A 公的病院の責務−公私の役割分担−

設立目的や経営基盤の異なる病院間に生じているアンフェアな競争を解消するため、公的病院の役割を明確化する。
国公立病院は民間医療機関の足りない部分を補完することを原則とする。
医療機関の機能に応じた医療提供体制の体系化を図り、国立病院は原則として地域医療支援病院として位置づける。

 

B 少子化対策

小児救急医療体制の充実をはじめとする、出産後の育児指導の充実、育児不安の解消、児童虐待の防止、病気回復期の乳幼児保育体制の整備、保育所の増設などの医療福祉面からの子育て支援の環境整備を行う。

 

(4) 薬剤制度の改革

 薬剤の投与は、療養治療とくに内科的疾患等を中心に、極めて重要かつ有効な治療手段であると位置付けられる。このような視点から、安全かつ有効な薬剤を適正な価格で安定的に提供し得るシステムを確立することを目的に、薬剤の提供に係る全体の構造改革を実現する。

 

@ 薬価制度

価格設定の透明化を図るため、薬価設定に関する公正中立な第三者機関を設置する。
画期的新薬、有効性の高い新薬は積極的に評価する手法を採用する。
保険適用されてから一定の期間を経た薬剤は、価格の適正化を図る。

 

A 審査制度

薬剤の有効性を検証するための審査体制を見直し、審査の迅速化を図る。
審査に係る政府審議会の審議内容を公開し、審査の透明化を図る。
小児や高齢者に対する臨床試験の実施基準を定めるとともに、薬剤の輸入、製造・販売に対する承認基準を明確にし、薬剤の安全性を担保する。

 

B 監視制度

薬剤の安全性を担保するための高度な能力を持った監視機構を構築する。(日本版FDA)
薬剤による副作用被害を最小限に止めるため、薬剤の副作用を監視するための新たなモニタリング制度を導入する。具体的には、市販後の副作用等を的確に把握し得る臨床現場からの情報を広範かつ迅速に収集する。当該情報を分析評価し、その結果を速やかに医療機関等にフィードバックするシステムを確立する。
薬剤の相互作用、併用禁忌等、添付文書の適切な記載などを含め、薬剤投与に関する科学的基準を確立するため、薬剤に関する種々の最新情報を提供するためのネットワーク化を図る。
薬剤の審査承認に対するダブルチェックシステムを確立する。

 

3.診療報酬改定の課題

(1) 平成14年度改定

 平成14年度改定においては、診療報酬単価の引き上げは求めない。

 

(2) 医療費財源と資源配分

 安定的な医療提供が可能となるように適正な医療費財源を確保するとともに、医療ニーズに応じた適切な資源配分を検討する。

 

(3) 新しい医科診療報酬体系の提案

 国際的な比較検証等を行いながら、適切な医療費財源を確保する。共通の社会資本としての医療機関が、安定的に良質な医療提供の再生産が行えるよう、医療提供コストを適切に反映した診療報酬体系を確立する。

 

@ 新体系の提案

設置目的、機能、財政基盤等が異なる施設が診療報酬上同体系であることの矛盾を解消する。このような目的から、A)一般系統、B)特定系統の2系統の診療報酬体系を構築する。(図表6)

 

 

A 合理的な包括払い方式の提案

長期療養者に対しては、画一的でない合理的な診療報酬包括支払方式を導入する。(図表7)

 

4.負担と給付の水準について

(1) 家計負担(被保険者保険料+自己負担)

 従来の公費・保険料・自己負担という負担区分では、本当の負担者の姿が見えてこない。真の負担の姿を明らかにするためには、公費・事業主・家計の区分で見るのが適当である。

 国民医療費に占める家計負担の比率が増加し、平成11年度の国民医療費ベースでは44.6%に達している。(ちなみに平成11年度に家計負担が減少したのは薬剤二重負担の撤廃効果である。)一方で、事業主負担は減少し、22.5%に低下している。(図表8)

 今後、給付率の大幅な引き下げが進み、自己負担の引き上げが進むと、家計負担は50%近くに増加する。さらに家計負担の増加が進むと国民皆保険制度に対する信頼感が薄れる恐れが強い。

 将来の展望を明確に示し、適切な負担をすれば必要な給付水準が確保されることを明示し、国民に安心感を与えることが求められる。因みに、日本医師会の改革案が達成されれば、2000年度の医療・介護費財源の家計負担が国民1人当り12.2万/年であるのに対し、2015年には事業主負担の増加と公費の若干の増加により国民1人当り15.5万/年の家計負担で給付水準を確保することが可能である。(図表9)

 この負担割合の推計と予測のもとに、国民の合意形成が図られるべきである。

 

(2) 高齢者の家計負担

 現行高齢者(70歳以上)の家計負担は医療費全体の10%であり、人口比率と同程度になる。したがって、高齢者は既に応分の負担をしているものと認識すべきである(図表10)

 

5.薬剤二重負担

 一般世代の薬剤二重負担は解消する。

 

6.老人保健拠出金

 早期に高齢者医療制度創設を行い、現行の老人保健拠出金を廃止する。

・図表(PDF:123KB)