日医ニュース 第861号(平成9年7月20日)
菅谷常任理事に聞く
レセプト開示問題
「開示の可否」では主治医の判断を尊重
厚生省は、6月25日付で、「診療報酬明細書等の被保険者への開示について」を都道府県知事宛通知した。本問題はわれわれ診療担当者にとっても重要な問題なので、菅谷忍常任理事に、通知が出された背景、通知への対応等について解説してもらった。
「開示」の通知が出るまでの経緯
通知は概略すると、「患者本人から市町村や健保組合などの保険者(以下、単に保険者という)に対し、診療報酬明細書等(以下、レセプト等という)の開示の請求があった場合、保険者は患者の主治医に開示の請求があったことを連絡し、主治医から当該患者の診療を行うのに問題が生じないことを確認したうえで、患者にレセプト等の写しを開示できる」ということになっている。
保険者の手に渡ったレセプト等の取り扱いについては、慣例的に「保険者の判断による」と解されてきた。しかし、厚生省は、従来から、(1)患者のプライバシーの保護、(2)診療上の支障などを勘案して、「公開できない」として指導してきた。
ところが、昨今、行政機関などに対し、情報公開を求める世論が高まり、医療分野においても、「レセプトの開示」を求める動きが活発化してきた。このような状況に対応して、「個人情報に関する公開条例」等を制定する市町村もあり、公開対象のなかにはレセプト等も含むようになってきた。また、中央でも、厚生大臣が国会での本問題に関する質疑に対し、「公開に向けて検討している」旨、答弁するようになった。
厚生省は今回の通知を出すに当たって、「国が『レセプト等の開示』について何らかの方針を示さなければ、市町村等が公開条例によって、個々別々の方法で、しかも一方的に開示に踏み切るおそれがある。その結果、患者のプライバシー保護や傷病名を知ることによっておこる診療上の支障など、いろいろな面でトラブルを起こしかねない。国が方針を明示すれば、市町村等の条例はこれに準拠することになっているので、諸種の問題発生を回避することに役立つ」と説明している。
日医としても、かねてから本問題について、厚生省と再三にわたり折衝し、行政の慎重な対応を要望してきた。しかし、昨今の社会的状況などから、「対象の範囲を原則として本人に限定して情報を公開することは、時代の趨勢からみてやむを得ない」と判断するに至った。
開示を請求できる者は、原則本人
保険者に対してレセプト等の開示を請求できるのは、原則として、被保険者に限られ、しかも、保険者には、開示を求める者と当該レセプト等に記載された者とが同一であることの確認(本人の確認)が義務づけられている。なお、例外として、患者から委任を受けた弁護士は開示を求めることができることになっている。
さらに、両親や配偶者など遺族がレセプト等の開示を求めてきた場合には、保険者が「社会的通念に照らして適当」と判断すれば、開示できるとされている。
開示には主治医の判断を求める
被保険者からレセプト開示の請求があった場合、「保険者は『レセプト等の開示が本人の診療上に支障を生じない』旨を、医療機関等に確認すること」、つまり、保険者はレセプト等を提出した医療機関に連絡し、その医療機関の主治医に、当該患者のレセプト等の「開示の可否」についての判断を求めなければならないとされている。この際、主治医が「本人が傷病名や治療内容を知ったことによって、診療上に支障が生ずる」と判断した場合は、「開示に応じない」ことも可能である。つまり、主治医には、「開示」の拒否権が認められていることになる。重症疾患の病名告知などをめぐっては、当然、このような状況が想定される。しかし、そうなると「保険者では埒が明かない」として、患者が直接主治医に対し「開示できない」理由の説明を求めてくるようなケースも起こり得る。この場合、主治医には、患者(もしくは家族)によく説明して納得してもらうための努力が必要になると思う。
国民医療を守るための情報公開を
情報公開は、現代社会の大きな潮流となっている。日医の医療構造改革構想においても、改革の主軸の第一に、「高度情報化社会への対応として医療情報の開示促進を図り、患者にわかりやすい医療提供体制を実現する」を、また、そのなかの短期的課題として、「患者のプライバシーを確保しつつ、レセプト等の患者情報の開示方法を検討する」を掲げている。本問題について、「国民のために医療を守る」視点からの理解と協力をお願いしたい。
診療報酬明細書等の被保険者への開示について
平成9年6月25日
都道府県知事殿
厚生省老人保健福祉局長
厚生省保険局長
社会保険庁運営部長
標記については、被保険者(被保険者及び被扶養者をいう。以下同じ。)の秘密の保護及び診療上の必要性の観点から、これまで慎重な対応が行われてきたところである。診療報酬明細書等の開示に関する取扱いについては診療報酬明細書等を管理する保険者の判断によるものであるが、近年、被保険者から診療報酬明細書等の開示を求める要望が高まっていることに鑑み、被保険者へのサービスの充実を図る一環として、その取扱いについて、下記のとおりとりまとめたので、ご了知の上、貴管下健康保険組合、市町村、国民健康保険組合及びその他関係機関に対する周知についてご配慮願いたい。
なお、政府管掌健康保険及び船員保険の被保険者に係る診療報酬明細書等の開示については、おってその具体的な取扱いにつき社会保険庁関係課長から貴管下主管課(部)長あて通知する。
記
1.被保険者から保険者(老人医療受給対象者についてはその者が居住する市町村の長。以下同じ。)に対し診療報酬明細書、調剤報酬明細書、施設療養費明細書及び老人訪問看護療養費・訪問看護療養費明細書(以下「診療報酬明細書等」という。)の開示(診療報酬明細書等の写しの交付を含む。以下同じ。)の求めがあった場合にあっては、以下のとおり確認した上当該診療報酬明細書等を開示すること。
(1)診療報酬明細書等の開示を求める者と当該診療報酬明細書等に記載されている者とが同一であることを確認すること。
(2)保険医療機関、特定承認保険医療機関、老人保健施設、指定老人訪問看護事業者及び指定訪問看護事業者(以下「保険医療機関等」という。)に対して、当該診療報酬明細書等を開示することによって本人が傷病名を知ったとしても本人の診療上支障が生じない旨を確認すること。その際、保険医療機関等においては、主治医の判断を求めるものとすること。
(3)調剤報酬明細書に係る(2)の確認については、当該調剤報酬明細書に記載された保険医療機関等に対し行われるものであること。なお、(2)の確認をとった上、当該調剤報酬明細書を開示する場合においては、当該調剤報酬明細書を発行した保険薬局に対しその旨通知を行うこと。
2.被保険者が未成年者若しくは禁治産者である場合の法定代理人又は被保険者の委任を受けた弁護士から被保険者本人に代わって当該被保険者に係る診療報酬明細書等の開示の求めがあった場合についても、以上の取扱いに準ずること。
3.遺族からの開示の求めがあった場合についても、各保険者の判断において、社会通念に照らし適当と認められるときは開示して差し支えないこと。