日医ニュース 第884号(平成10年7月5日)

厚生省「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会」報告書

宮坂常任理事

「法制化の必要なし」


 厚生省の「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会」は、6月18日、報告書をまとめ健政局長に提出した。本検討会の委員として、1年間にわたって協議に参画してきた宮坂雄平常任理事に、検討会の様子、報告書の内容について解説してもらった。

 

日医の提言で検討会を設置

 近年、医療をめぐるさまざまな国民的論議のなかで、医師等の医療従事者が作成するカルテ(診療録)、看護記録、検査記録等に含まれている診療情報を積極的に患者に提供するべきであるとの考え方が強くなっている。

 日医ではこの点を早くから指摘し、平成9年5月に公表した「医療構造改革構想」のなかで「高度情報化社会への対応として、医療情報の開示促進を図り、患者にわかりやすい医療提供体制を実現する」と明記している。

 これを踏まえた与党医療保険制度改革協議会の「21世紀の国民医療」(平成9年8月)でも、「患者と医師、歯科医師との信頼関係を深めるため、プライバシーに配慮しながら患者に対してカルテやレセプトの情報の開示を推進する」とされた。さらに、厚生省の「21世紀の医療保険制度」(平成9年8月)においても、同様の提言がなされている。

 以上のような背景のなか、本検討会は、診療情報の提供の問題を中心に検討を行うために、平成9年7月に設置されたものである。

 

条件整備の促進をうたう

 検討会は、平成9年7月10日に第1回目が開かれ、本年6月18日までに11回の会合がもたれた。当初、平成9年度内に報告書をまとめる予定であった。ところが、診療記録の開示を進めることでは委員のおおむねの意見の一致をみたものの、それを法制化して進めるのか、それ以外の方法で進めるのか、法律を作る場合には、その施行時期を含めて、どのような内容とするのかをめぐって議論が分かれたために予定が大幅に遅れた。

 検討会では、まず、「診療情報とは何か」という基本的な問題について、各委員の認識の確認からはじまった。

 診療情報・診療記録は、医療機関のなかばかりではなく、医療機関以外の場でも活用されることがある。例えば、診療の場、医療機関の運営管理の場、医療保険の場、訴訟の場、医療従事者の教育・研究の場、医療行政の場などが挙げられる。

 協議の結果、検討会では、医療従事者と患者が共同して疾病を克服するという、より積極的な医療を推進する観点に立ち、医療の場における診療情報の患者への提供のあり方を中心に検討を行うこととした。

 その後、検討会では、「カルテ等の診療情報の活用に関する諸外国の状況」「情報化社会に対応した医事法制のあり方に関する研究」「諸外国のカルテ等診療記録の保存、情報提供のあり方」「わが国の病院における診療録の記載と管理の現状」などについて協議を行った。

 本年1月27日に開かれた第6回会合では、厚生省が公募した医師・市民団体の代表など6名によるヒアリングが実施され、国民の意見に直接耳を傾ける機会を持った。第7回以降は、報告書作成に向けての議論の整理に全力を傾注し、カルテなどの診療情報・記録の患者への提供については不可避の要請であり、積極的に推進する必要があると位置づけることに決定した。報告書素案作成の段階に入ってから、改めて、法制化するのか、それ以外の方法によるのか、法制化する場合の内容をどうするかについて、活発な意見が交換されたが、結局、「法制化の提言」として段階的な法制化とこれを前提とした条件整備の促進をうたったものとなり、6月18日にようやく報告書を健政局長に提出する運びとなった。

 

話題となった「法制化の提言」

 報告書は、次の10項目から成っている。

 Iはじめに、II診療情報とは何か、III診療情報の提供の現状、IV診療情報の提供の基本的考え方、V診療情報の提供の方法、VI診療情報の提供の環境整備、VII電子カルテ等について、VIIIその他の分野における診療情報の活用、IX法制化の提言、Xおわりに。

 そのなかから、主な内容について簡単に紹介する。

 IIIでは、診療情報の提供の法律的位置づけを、「現行法制において開示を求める権利、義務の規定はないが、診療契約は民法上の準委任契約であると考えられ、医療従事者は患者に対する報告義務の一環として診療情報を提供しなければならない」としている。

 IVでは、診療情報の提供の必要性の理由として、1)医療従事者、患者の信頼関係の強化、情報の共有化による医療の質の向上 2)個人情報の自己コントロールを挙げている。また、診療記録の開示を進めるに当たっての問題として、1)コスト論 2)記録の質の低下 3)医療従事者と患者の信頼関係を損なう 4)患者が内容を誤解し、治療効果を妨げる 5)患者がショックを受ける−などを挙げているが、いずれも診療情報の提供を妨げる決定的な要因とはいえないとしている。

 Vでは、診療情報の提供の対象者・例外・方法・提供しない場合の対応について触れている。例外が認められる事由としては、治療効果等への悪影響、本人および家族等の社会的不利益、第三者から得た情報などである。提供の方法には、口頭・診療記録の提示・診療記録のコピー交付などさまざまな形態が考えられるが、診療情報の提供を円滑に普及、定着させるためには、その指針(ガイドライン)を定めることが重要であるとしている。

 特に、マスコミ等で話題になった「IX法制化の提言」については、下掲のとおりである。

 

日医、ガイドラインの検討を開始

 先にも記したが、今回の厚生省の検討会では、日常の診療の場での診療情報の提供について議論を行った。訴訟になった医事紛争については、診療録やその他の記録の証拠保全を、事実上できるシステムになっていることから、この検討会では訴訟の場での使用については触れないことにした。報告書を読むときには、まず、それを念頭におかなければ混乱を来すおそれがある。

 医師は、患者との信頼関係に基づいて、診療情報を提供しながら日々の診療を行っている。日医としては、診療情報は方法のいかんを問わず、100%開示しているつもりであるし、また、当然しなければならないと考えている。昨年公表した日医の「医療構造改革構想」でも、診療情報開示については、その改革の目標の上位に掲げており、また、坪井会長も、機会あるごとに「医療情報の開示促進」を訴えている。それらが、あまり国民に理解されていないのが残念である。

 日医は、一貫して法制化に反対をしているが、それは、診療情報は診療をするうえで当然提供すべきことであって、法制化になじまないからである。今まで提供をしていなかったのならともかく、現に、提供してきているのである。提供が不十分であるというのなら、法律で強制されるまでもなく、われわれ自身の手で積極的に改善していく。例えば、カルテの病名と保険病名のくい違いなど環境整備をしなければならないことがたくさんある。

 日医は、診療情報の提供をいっそう促進するために、患者・医師間の信頼関係の醸成、治療効果の向上を目的として、「診療情報提供に関するガイドライン検討委員会」を設置して、検討を行うこととした、近日中に初会合を開催することになっているので、早急に結論を出し、いずれ詳細に報告したい。

 


IX「法制化の提言」より抜粋

 以上のような我が国における状況及び考え方に立って、本検討会としては、医療制度の抜本的改革の一環として、医療法等の改正により、診療情報の提供及び診療記録の開示に関しては、次のような内容の規定を設けるべきであると考える。

 診療情報の提供に関しては、医療従事者の職業上の積極的な責務であることを明らかにする。診療情報の提供には、医療従事者が患者に診療記録を示したり、必要な情報を文書にして交付することが含まれることはいうまでもない。また、患者の求めがあったときは、医療従事者は、治療効果に悪影響医があることが明らかな場合を除き、診療記録又はこれに代わる文書を開示(複写の交付を含む。)するべきことを規定する。

 開示を求めることができるのは、患者本人又は患者が十分な判断能力がないときは患者に代わって判断できる親権者等とする。

 当面、診療録等の診療記録そのものでなく、必要な診療情報を記載した文書を作成し、これを開示することも認めるべきである。診療記録等の開示に要する費用は、開示を求める者が負担するべきである。

 なお、診療情報の提供の例外を認めるかどうかに関して、本検討会は、がん、精神病について検討し、原則として情報提供を行うことが適当であると考えたが、我が国ではこれらの場合に診療情報を提供することの是非について未だ十分な合意ができていないのが現状であり、今後の検討課題であるが、医師等が治療効果に明らかに悪影響を及ぼすと判断する場合には、診療情報の提供や診療記録の開示を拒み得るとすることが考えられる。

 いずれにしても、残念ながら一部の例外を除いて診療記録の作成・管理が適切になされているとはいえない我が国の現状では、早急に診療情報の在り方について環境整備をする必要がある。当面診療記録に代わる文書の開示を認めるにしても、最終的に診療記録そのものの開示を法的義務とする場合には、その前提として、診療記録の作成・管理に関する適切な指針の作成、指針に基づく医療従事者に対する教育の実施、病院等における診療記録等の作成・管理体制の整備、これらに要する費用についての診療報酬等における適切な配慮などが不可欠となる。

 また、診療情報の提供、診療記録の開示をめぐる相談、苦情及び紛争については、例えば医師会等に専門家等からなる独立した処理機関を設置することも望まれる。

 本検討会は、診療情報の全面的な開示の前提となる諸条件を一刻も早く整備して国民の要望に応えるために、厚生省において、上に述べた診療記録の作成・管理のための指針作成やその他の具体的な課題を検討し、条件整備のための措置を早急に具体化することを強く要望する。

 


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