日医ニュース 第904号(平成11年5月5日)

第25回日本医学会総会
社会とともにあゆむ医学
〜開かれた医療の世紀へ〜

 第25回日本医学会総会が,4月2日から4日まで(「医学展示・博覧会」は3月30日〜4月8日),東京で開催された.天皇・皇后両陛下をお迎えしての開会式は,小渕恵三内閣総理大臣,有馬朗人文部大臣,野田聖子郵政大臣,坪井栄孝会長らが出席して厳かに執り行われた.その様子は,前号で詳しく報道したので,今号は,学術集会,市民公開講座,交歓行事など多彩なイベントのなかから,その一部を紹介する.

医学会総会記念切手の発行
“生命(いのち)”の博覧会
胃感染症の最近の知見
急性心筋虚血の最新の治療
医療とボランティア


医師の生涯教育のあり方
いよいよ21世紀―中国・四国の広域的連携を考える
医療機関の機能分化と連携

祝 辞  内閣総理大臣 小渕恵三

 本日ここに天皇,皇后両陛下のご臨席を仰ぎ,第25回日本医学会総会が開催されるにあたり,一言お祝いの言葉を申し上げます.
 まずご列席の各位をはじめ,日本医学会のみなさま方におかれましては,常日頃からわが国の医学,医療の発展に多大のご尽力をいただき,そのご苦労に深く敬意を表する次第であります.みなさま方のたゆまぬご努力により,わが国の健康水準は今や世界最高の水準に達しており,これがわが国社会のあらゆる方面における活力の源となっているものであります.
 今日,わが国の医学・医療を取り巻く環境は大きく変化しております.私たちは,かつてない少子高齢社会を迎えようとしており,これに対応することが緊要の課題となっております.また医学の進歩により移植医療や遺伝子治療が現実のものとなり,これらの高度先進医療は多くの難病患者に希望を与えるものと期待される一方で,人間の死生観や生命倫理にかかわる諸問題が提起されているところであります.
 今回の総会においては,このような状況を踏まえて,そのメインテーマを「社会とともにあゆむ医学―開かれた医療の世紀へ―」とし,広範な課題について,医療関係者のみならず社会の多方面の方々が参加して議論を行い,21世紀の医学,医療の方向づけを行おうとするものと聞いておりますが,これはまさに時代の変化に即した意欲的な取り組みと評価されるものであります.
 政府としましても,将来を担う医療人の育成体制の改善・充実,科学技術創造立国を目指した科学研究に対する助成,少子化対策などの推進に努め,また介護保険制度など長寿社会に適合し,多様なニーズに応えた保険医療制度の確立を図ってまいる所存であります.
 日本医学会がほぼ1世紀に亘る歴史を振り返り,新たな時代の医学と医療のあるべき姿を目指して,さらなる努力を傾注されますよう切に希望しますとともに,ご列席のみなさま方のご健勝とご活躍を祈念して祝辞といたします.

開会の辞  日本医学会 会長 森  亘

 本日,天皇,皇后両陛下の行幸行啓を仰ぎ,小渕総理大臣,有馬文部大臣,野田郵政大臣はじめ,わが国最高峰に列せられる方々ご来臨の下,かくも多数のご出席者を得て,ここに第25回日本医学会総会開会式を迎えることができました.私ども,主催者にとり,まことに喜ばしい限りでございます.
 日本医学会は1902年,東京上野において第1回聯合医学会を,傘下16分科会の集いとして催して以来,第二次世界大戦終了直後の唯一の例外を除いては,規則正しく4年ごとに総会を開催して参りました.現在では加盟分科会の総数も93に達し,本邦における医学関係主要学会のほとんどすべてを網羅していると申してよかろうと存じます.
 この間,すなわち1902年から1999年に至るほぼ100年は,日本国にとって幾多の,大きな変動を経験した1世紀でございましたが,当然,その影響は日本医学会の姿勢,ないし活動にも及び,また,その組織にもいくつかの変転がございました.ただ幸いなことに,私どもは,その発足時の理念,すなわちすべての基本を学術におき,医学・医療の振興,医学者あるいは医療人相互の連携親睦を図る旨を忘れることなく,不偏不党の精神を貫いて参りましたために,そのような外界からの余波を受けることが比較的少なく,一貫した道筋をたどり今日に至ったものであります.その間にみられた本学会の量・質両面における充実,積み重ねられたいくつかの業績はひとえにみなさま方,政官産学挙げてのご指導,ご援助によるものと,深く感謝いたします.
 しかし,私どもにとってより重要な事柄は過去を語ることではなく,未来を考えることでありましょう.総会の回を重ねて25回,今や20世紀を終わらんとするこの時,その過去に学び未来を論ずることこそ必要であります.そうした意味においても,今総会が私ども一同,ひいては本邦の医学・医療のさらなる発展にとって意義深いものとなるであろうことを念じ,開会の言葉といたします.


医学会総会記念切手の発行

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 日本医学会総会の記念切手が初めて発行され,4月2日の開会式で野田聖子郵政大臣から,初刷り切手が高久史麿総会会頭に授与された.
 この切手は80円郵便切手で,発行数は2,000万枚,グラビア6色刷りである.
 意匠は「人類と医学」をイメージし,医学のシンボルであるアスクレビオスの杖と,テクノロジーとしての医療だけでなく,医療の根底にある「人間愛」を主題としている.原画は郵政省技芸官,玉木明氏により,日本の切手にはまれなモダンなデザインとなっている.
 記念切手の発行には総会事務局と厚生省がかかわったが,「日本医学切手友の会」が,担当の技芸官に多くの国内外の医学切手について説明し,資料を提供した.その結果,アスクレビオスの杖が入り,国際的にも医学切手として通用するデザインとなった.
 初日カバーに用いる記念印,小型印も作られた.東京中央局の小型印には,日本を代表する医学者,山極勝三郎の肖像と有名な言葉「癌出来つ意気昂然と二歩三歩」が刻まれている.東京深川局の小型印は,医学展示・博覧会会場のビックサイトにアスクレビオスの杖を配したもので,いずれも「日本医学切手友の会」のアイデアが結実したものである.

“生命(いのち)”の博覧会

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 総会メインテーマを一般向けに具体化した“生命(いのち)”の博覧会が,東京国際展示場(東京ビックサイト)で開催され,毎日数万人が参加した.この博覧会は,医学医療,健康保健,介護福祉などの正しい知識と最新の情報をわかりやすく紹介するのが目的である.
 会場は,「人と病気との戦い」「病院探検」「安全都市・在宅ケア」「世界に広がる医療」「市民の広場」の5エリアで構成されていた.
 第三館「安全都市・在宅ケア」では,「賢い患者のお医者さん選び」とし,東京都医師会(野中博理事)が担当.講演会,パネル展示,大スクリーンを使ったテレビ会議を通し,これからの地域医療「ネットでつながるかかりつけ医と専門医」をテーマに,かかりつけ医,地域医療,病―診連携などの意義について詳しくアピールした.
 会場では,在宅療養中を想定し,家庭とかかりつけ医をテレビ電話とインターネットで結び,健康情報のデータ,テレビによる画像,患者さんや家族とかかりつけ医とが直接対話するデモンストレーションが行われた.将来のかかりつけ医の1つの方向性として注目を集め,多数の参加者が真剣に見入り,希望者がテレビ診療を体験した.
 同時に,東京都医師会員による健康医療相談コーナーが設けられ,連日健康相談を幅広く行った.

胃感染症の最近の知見

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 長年,胃に感染する細菌は存在しないとする医学常識が,オーストラリアのMarshall等によるHelicobacter pylori(H. pylori)発見により覆されてから15年が経過した.また,1994年にWHO/IARCは,明らかに発がん性を有するgroup1にH. pyloriを分類したが,わが国ではこれを容認せず,医療上の対策は,現在も遅々として進まないといった状況にある.
 H. pyloriが胃粘膜に感染すると,慢性活動性胃炎といわれる病理学的胃炎を惹起するが,その病態から,胃・十二指腸潰瘍や腫瘍への発展過程は,いまだブラックボックスである.しかし,胃がんや胃MALTリンパ腫のほとんどにH. pyloriの感染がみられ,L-MALT(低悪性度のMALTリンパ腫)がH. pyloriの除菌により改善すること,また,スナネズミなどを用いた発がん実験モデルによりがんが発症する事実等から,H. pyloriが腫瘍化の進展過程に深く関与していることは論をまたない.胃・十二指腸潰瘍の場合もほとんどにH. pyloriの感染が認められ,除菌すれば潰瘍の再発が抑えられるとする多くの報告がある.
 細菌側と宿主側の要因と,他の外来性物質の関わりが潰瘍や腫瘍を発症させると推測されているが,当面は,細菌感染に対する診断と除菌治療,わが国における疾患としての概念の確立が急務であると思われた.

急性心筋虚血の最新の治療

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 本講演は,プライマリ・ケア・レクチャーシリーズ(1)として,昭和大学第三内科の片桐敬氏の司会,演者東邦大学第三内科の山口徹氏によって行われた.
 氏は,急性心筋梗塞,不安定狭心症および突然死の一部は,急性の心筋虚血を基盤として発症するが,それは単なる冠動脈狭窄ではなく,粥腫の破綻,引き続く血栓形成,攣縮による動的な急性もしくは亜急性の閉塞なので,急性期には冠血流を確保し,血栓形成を阻止し,慢性期には粥腫破綻を予防することが肝要と述べた.心筋壊死が進行しつつある急性心筋梗塞では,PTCAあるいは血栓溶解薬による再灌流療法が有効で,これにより死亡率は10%以下に減少.また,ステントの留置も有効だが,最近では新しい強力な抗血小板薬が登場.その併用により,いっそう良好な効果が期待され得る状況にあることを,自験例を中心として述べた.

医療とボランティア

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 まず,関原敬次郎氏(福岡県医師会長)より,北九州医師会の熱意が行政を動かし,高齢化社会対策総合計画を作りあげていった過程の説明があった.
 山口昇氏(公立みつぎ総合病院長)は,70,000人の診療圏のなかに,1,700人もボランティアを生み出した経験から,住民のニーズに応えるためには,「人」をみる保健・医療・福祉が必要であること,行政と専門職と住民との連携が不可欠であること,住民が参画して,プラン,アイデアを出すことが必要であることを説明した.
 西嶋公子氏(ケアセンター成瀬)からは,専門職の養成のみではなくボランティアが必要であること,ボランティアグループ(ダンケの会)結成,高齢者の生きかたセミナー,おかずだけの配食センター等の話があった.
 堀田力氏(さわやか福祉財団)からは,理不尽な交通事故に会い,心を閉ざした小学生に対し高齢者ボランティアが辛抱強く接触し,患者の心を開いていった話から,気持ちを引き起こす役割もボランティア活動であるとの話があった.

医師の生涯教育のあり方

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(1)「我が国における医師の生涯教育」橋本信也氏(東京慈恵会医科大学第三内科):日医の生涯教育は,全会員を対象として制度化されており,堅実な歩みを続けているが,検討すべき点も少なくない.病院勤務医の学習,あるいは学会認定制等との関連などを考慮して検討した.
(2)「地域医療と医師の生涯教育」齋藤晴比古氏(徳島逓信病院,徳島県医師会):徳島県は,日本一の開業医師過密県であり,それだけに,医師会,地域の中核病院,行政の三者が一体となって機能することが切に望まれている.そんななかで,医療水準を維持していくために,医師の生涯教育のための支援体制作り等の問題への取り組みを展望した.
(3)「学会認定医制と生涯教育」出月康夫氏(埼玉医科大学総合医療センター外科):学会認定専門医制は,各科の診療レベルの維持・向上に役立っている.この制度と,日医が実施する生涯教育制度との互換性・整合性を拡大して,より公共性の強いシステムに再構築する努力がなされている.
(4)「米国における医師の生涯教育」廣瀬輝夫氏(元ニューヨーク医科大学):米国の生涯教育制度について紹介.米国では州医師免許証の更新,専門医資格再認可,医療機関再任等にCME取得証の提出が求められる.

いよいよ21世紀―中国・四国の広域的連携を考える

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 紀伊國献三国際医療福祉大学医療福祉学部長と桑原正彦広島県医師会副会長の司会のもとで行われた.
 藤田雄山広島県知事,永山克巳岡山県医師会長,手束昭胤徳島県医師会常任理事らが,「個性と連携」をキーワードに,広域的な機能分担や協力体制の構築などについて論議した.
 この背景には,現在,介護保険制度や救急医療で広域的なサービス提供体制の構築が,高度医療や大規模災害医療対策においては,都道府県の境界を越えた連携体制が課題となっていることがあげられる.
 議論は,高度医療の確保などで中国四国が一体化できること,保険医療サービスの標準化や大災害対応,広域での救急医療などが中心に展開された.
 まとめとして,広域での高度医療の確保には,機能分担の調整システム,県境連携の各レベルでの医療アクセスの確保には,情報の共有・連携システム,新たな環境への対応には,医療人による問題提起,リード,関係者の問題意識の共有には,協議の場・システムなどの必要性が強調された.

医療機関の機能分化と連携

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 大阪府医師会の植松治雄氏,滋賀県医師会の山中孟氏の司会で開催.植松氏は,適切な医療を提供するには,医療機関の機能分化・分担と連携,情報開示が必要であり,地域の特性にも配慮すべきだと指摘した.
 公的病院の立場で,済生会京都府病院の中島徳郎氏は,開放型病床の利用状況等を紹介.病院間の連携,医療機関の診療内容の情報公開の必要性を述べた.
 私的中小病院の立場の滋賀県医師会の関川利幸氏は,今後は在宅医療を担う役割を核とした病診連携を進めることが必要とした.
 有床診療所の立場から,和歌山県有床診療所協議会の青木敏氏は,有床診の役割と特徴,連携における問題点と今後の課題を示した.
 一般診療所の立場から,奈良県医師会の大手信重氏は,機能分化と連携を推進することで地域住民の信頼が得られ,医療の継続性が確保できるとした.
 老人保健施設の立場から,尼崎医師会の大原重和氏は,老健施設は老人の自立と家庭・社会への復帰を目指す老人医療の拠点として機能させるべきとした.
 近畿大学の清水忠彦氏は,連携が上下のピラミッド型であってはならないとした.最後に植松氏は,機能分化と連携の問題は,国民の理解を得るのがむずかしいことを指摘した.


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