日医ニュース 第919号(平成11年12月20日)

中医協
社会保険診療報酬の引き上げ所要率を提示

 日医は,十一月二十六日に開かれた中央社会保険医療協議会(中医協)総会において診療報酬の引き上げを要望した.医科の引き上げ所要率は三・六%(物価人件費二・六%,技術革新一・〇%)となっている.また,同じく十二月一日の総会でも,「薬価制度抜本改革に関わる診療報酬改定要望について」を提出し,技術料適正評価分四・五%の補填を要望した.そこで,中医協の委員でもある菅谷忍常任理事に,要望の趣旨と引き上げ幅の算定根拠について聞いた.

 前回の平成十年四月のマイナス改定ならびに昨今の経済不況の影響を受けて,この二年間,医療機関は厳しい状況のなかで,経営を行ってきた.
 特に,診療報酬だけに頼って経営基盤を維持しなくてはならない民間の医療機関は,新たな設備投資を控えたり,人件費を削減したりと支出を押さえることで,ようやくこの状況を乗り切ってきた.
 この状況が続けば,医療の質を落とさざるを得ず,患者さんである国民にその影響が出かねない.そうなることを避け,すべての国民が安心して医療を受けられる体制を確保するためにも,来年四月の診療報酬の引き上げの実施は不可避であるということで,今回,中医協に要望を提出した.

診療費3.6%要望

 今回の改定要望は,従来の二年に一度の引き上げ部分と,今回特に主張したい医療保険制度の抜本改革に関連した部分との二段構えとなっている.
 まず,従来どおりの要望では,現状の医療水準を維持確保するため,物価人件費の変動に対応する分として二・六%,医療の技術革新および医学・医療の進歩に対応し,適正な医療を提供するための分として,少なくとも一・〇%,合計して三・六%の引き上げを要求している.医療費財源が逼迫していることは理解しているが,この数字は最低限の要求である.
 支払側は,財政状況が厳しく,引き上げなどはとんでもないといっているが,保険者が出せないのであれば,国が責任をもってその財源を用意すべきであると考えており,今後,その実現に向けて努力していく所存である.

薬価差解消分4.5%要望

 医療保険制度の抜本改革に関連した要望は,薬価差を解消する分を技術料として診療報酬のなかで適正に評価してもらいたいというものである.
 長年にわたる厚生省の医療費抑制政策のなかで,医師は技術料を低く押さえられ,薬価差で経営を支えてきた.一九九三年から一九九七年における病院・診療所の一般診療医療費に占める薬価差の割合(別紙1)を見ても,経営原資の一部として四から五%程度の比重を占めている.けれども,医療機関の経営原資として薬価差を充当することはマスコミ等から強い非難があり,今回,薬価差に頼る経営体質からの脱却を決意した.しかし,何の補填もなく,薬価差を解消したのでは,医療機関に大きなダメージが出るのは必至である.
 また,むしろ,一九九七年度を例に出していえば(別紙2),薬剤関連コストと支払われる診療報酬との間には大きな格差があり,薬価差を加えたとしても,なお,補填しきれない分として三千九百八十二億円の損失が医療機関に出ている現状がある.
 以上のことから,われわれは,医療機関の安定的経営を保障するため,薬価差解消に伴う補填分として,平均四・五%の診療報酬上の手当てを強く要求した.

社会保険診療報酬の引き上げ要望について

平成十一年十一月二十六日
中央社会保険医療協議会
会長 工藤敦夫殿
中央社会保険医療協議会委員
糸氏英吉
菅谷 忍
櫻井秀也
横倉義武
木村佑介

 少子・高齢社会を迎える二十一世紀において,引き続き国民の健康とQOLを保障するためには,現行の国民皆保険制度の堅持こそ国民の最も望むところである.その国民の医療ニーズに的確に対応するためには,良質かつ適切な医療を安定的に提供することが必要である.その根本は医業経営基盤の安定であり,それを保障する診療報酬が要求されるのである.しかるに,長年にわたって技術評価度の低さを補うために薬価差益に依存してきた体系を根本的に改め,今回より薬価差益を解消し,「技術」と「もの」の分離を徹底し,技術料評価を重視する診療報酬体系のあり方を追求する方向で中医協の大方の合意が得られている.したがって,薬価差益の補填は当然必要である.さらに,中医協における診療報酬改定に関する基本的ルールが確立されていない現在,物価人件費等の上昇に対応する診療報酬引き上げ所要率を算定せざるを得ない.加えて医学・医療の進歩による技術革新と医療サービスの向上などに対応した所要の引き上げ率を算定した.
 以上により,次回平成十二年四月の診療報酬改定は,薬価差益解消による技術評価分を診療報酬として要求する.この他に,現状の医療水準を維持確保するため,物価人件費の変動に対応するものとして二・六%,医療の技術革新および医学・医療の進歩に対応し,適正な医療を提供するため,少なくとも一・〇%,合計して三・六%の引き上げが必要である.
 医師が安心して国民のために良質な医療を提供するため,特段の配慮を求めます.

物価・人件費等の上昇に対応する診療報酬引き上げ所要率の算定

経費項目 経済諸指標 上昇率%
2年度分
診療報酬引き上げ所要率
病院 診療所 平均
医師技術料 地方公営
企業年鑑
医師給与
3.4391 0.14151
0.48667
0.23135
0.79564
0.16963
0.58337
看護職員の
人件費
地方公営
企業年鑑
看護職員給与
4.17394 0.24822
1.03606
0.11907
0.49699
0.20780
0.86734
その他職員の
人件費
地方公営
企業年鑑
その他職員給与
4.51476 0.13524
0.61058
0.19263
0.86968
0.15320
0.69166
医薬品費 …… 0.00000 0.18198
……
0.20743
……
0.18944
……
医薬品以外の
物件費
消費者物価
指数
(全国)
1.72661 0.29305
0.50598
0.24952
0.43082
0.27943
0.48247
合計 …… …… 1.00000
2.63928
1.00000
2.59313
1.00000
2.62485

注:診療報酬引き上げ所要率の欄の上段の数値は,病院,診療所,および平均における経費の構成比率を示す.

国民により良い医療を提供するための診療報酬適正評価に関する要望事項

平成十一年十一月二十六日
中央社会保険医療協議会
会長 工藤敦夫殿
中央社会保険医療協議会委員
糸氏英吉
菅谷 忍
櫻井秀也
横倉義武
木村佑介
斎藤憲彬
光安一夫
漆畑 稔

〔医科〕
I 基本的考え方

一,全ての国民が安心して医療が受けられる体制を確保すること
二,医療の質が確保できること
三,医学・医療の進歩に見合った制度であること
四,薬価差益解消に対応した技術を適正に評価すること
五,「もの」と「技術」の分離および技術評価をより重視すること
六,医療機関の安定的経営を保障するものであること

II 具体的検討事項

一,技術料中心の診療報酬体系の確立

  1. 医師の基本技術に対する適正評価(薬剤管理コストの設定(処方料等),初診料・再診料の評価と時間の評価,診療科の特性に応じた外来管理加算の見直し,手術・検査等における人件費部分に着目した評価,検体検査判断料の評価等)
  2. 各診療科固有の専門技術に対する適正評価
  3. 現行の技術評価算定方式の不合理是正(包括化における「もの」の部分を見直し,技術部分の引き上げおよび評価されていない「もの」の評価等)
  4. その他必要事項

二,医療機関機能の明確化および有機的連携の強化に対する診療報酬上の対応

  1. 特定機能病院・地域医療支援病院および国公立病院の再検討(入院の機能を主に評価,公的医療機関における政策医療の推進)
  2. 療養型病床群および老人病棟の再検討
  3. 診療情報提供料の拡大と評価の確立(紹介患者加算の見直しと逆紹介,診療情報の開示に対する評価,インフォームド・コンセントの評価,診療情報管理体制が整備された医療機関に対する評価)
  4. 病院と診療所の特性に応じた診療報酬体系の確立
  5. その他必要事項

三,地域医療の推進と積極的評価

  1. 在宅患者に対する総合的医学管理の適正評価
  2. 訪問診療,訪問看護の適正評価と訪問看護の積極的評価
  3. 在宅患者の終末期医療に対する医学管理の適正評価
  4. かかりつけ医機能の積極的評価と紹介外来の評価(特に診療所外来機能の積極的評価)
  5. その他必要事項

四,医業経営基盤の安定確保等

  1. 医療機関の設備投資・維持管理費用に対する評価
  2. 外来に地域加算の導入
  3. 外来看護料の評価
  4. 入院部門における医業経営基盤の安定確保
    (1)入院時医学管理料の見直し(逓減制の廃止および病態による評価,加算の見直し)
    (2)入院環境料と各種加算の引き上げと療養環境加算の拡大
    (3)看護料の引き上げ
    (4)老人比率のみによる老人病棟類別方式の再検討
    (5)老人長期入院患者の適正評価
    (6)複合病棟制度の存続
    (7)入院時食事療養費の引き上げ
  5. 少子化に対応し,小児医療の評価および乳幼児医療を重視する診療報酬上の配慮と義務教育期間までの給付率の検討
  6. 不採算診療項目の適正評価
  7. その他必要事項

五,その他

  1. 診療報酬点数表の整理並びに請求事務の簡素化(特に薬剤一部負担の廃止と被保険者証の一人一枚カード化の推進)
  2. 指導大綱および療養担当規則等の見直し
  3. 週休二日制に対応した診療報酬上の評価
  4. 感染症や危険物等ハイリスクの医療廃棄物処理に対する診療報酬上の評価(医療廃棄物,感染性廃棄物,X線フイルム処理廃液,ディスポ用品等)
  5. 長期投薬の全面的導入
  6. 救急医療の評価の充実
  7. 急性期,回復期リハビリテーションの評価およびリハビリテーション処方料の評価
  8. 外来は原則出来高とし,病態に応じた診療報酬体系の自由な選択
  9. 運動療法指導管理料の適応疾患の拡大
  10. 病院・診療所薬剤師の技術の適正評価
  11. 診療報酬と調剤報酬との整合性
  12. 人件費相当分の診療報酬の体系化
  13. 公私医療機関の経営基盤の検討
  14. 医療材料価格の適正化
  15. 老人の心のケアの評価
  16. 適正な診療報酬についての財源確保
  17. 診療報酬算定のルール化
  18. 診療報酬改定時における点数表の早期告示と周知期間の確保
  19. その他必要事項
    〔歯科・調剤省略〕

薬価制度抜本改革に関わる診療報酬改定要望について

平成十一年十二月一日
中央社会保険医療協議会
会長 工藤敦夫殿
中央社会保険医療協議会委員
糸氏英吉
菅谷 忍
櫻井秀也
横倉義武
木村佑介

 医療保険抜本改革の一環として医福審および中医協では,薬価差解消の方向ですでに合意が得られているところである.長年にわたり医療機関はきわめて困難な経営を強いられてきたが,この厳しい環境のなかで医療機関の破綻を何とかくい止めてきたのが薬価差の存在であることも周知の事実であり,薬価差が潜在技術料ともいわれてきたゆえんがここにある.
 しかしながら,医療機関経営の原資として薬価差を充当することについては,厚生省を筆頭に支払側の強い非難があり,われわれもそのことを望んできたわけではない.薬価差の存在が,薬価制度ひいては医療制度を歪めるものであれば,これを是正することもやむを得ないと考えている.

一,医療費と薬価差の関係をみれば,薬価差は経営原資として医療費に対して四〜五%程度の比重を占めており,もし薬価差をなくせば医療機関は決定的なダメージを受けることは必至である(別紙一).

別紙1

1993年度 1994年度 1995年度 1996年度 1997年度
一般診療医療費 206,385億円 212,454億円 215,566億円 226,724億円 228,619億円
薬価差 11,851億円 8,949億円 10,594億円 9,845億円 9,228億円
薬価差率 5.7% 4.2% 4.9% 4.3% 4.0
5年間平均 4.6%

二,現状では薬剤関連コストと支払われる診療報酬との間に,大きな格差が生じており,薬価差で補填しても,なお補填しきれない部分のあることは別紙二のとおりである.

別紙2  薬価差,薬剤関連技術料,費用,損益の年次推移
1993年度 1994年度 1995年度 1996年度 1997年度
薬価差 11,851億円 8,949億円 10,594億円 9,845億円 9,228億円
薬剤関連技術料 7,194億円 8,137億円 8,548億円 9,297億円 9,935億円
粗利益合計(A) 19,045億円 17,086億円 19,142億円 19,142億円 19,163億円
人件費 17,089億円 17,652億円 19,143億円 19,677億円 19,482億円
その他 3,192億円 3,356億円 3,531億円 3,568億円 3,663億円
薬剤供給
コスト合計(B)
20,281億円 21,008億円 22,674億円 23,245億円 23,145億円
損益(A)-(B) -1,236億円 -3,922億円 -3,532億円 -4,103億円 -3,982億円

 以上により,薬価差解消に伴う補填分として平均四・五%の診療報酬の手当(技術料への転嫁)を強く要望する.


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