日医ニュース 第928号(平成12年5月5日)

坪井会長 有珠山噴火の現地対策本部を視察
医療機関の健闘をたたえる

 北海道南西部の有珠山が3月31日,噴火した.日医では,早速,坪井栄孝会長を本部長とする「日本医師会有珠山噴火災害支援対策本部」を設置し,地元の医師会と密接な連携をとって対策に当たっていたが,4月14日,坪井会長は,青柳俊,山田統正,羽生田俊の三常任理事とともに現地を訪れ,災害の状況を視察した.

災害対策現地報告会

 坪井会長一行は,まず,伊達市にある胆振西部医師会を訪問し,日医からの見舞金を北海道医師会と胆振西部医師会へ贈呈した.なお,全国の多くの医師会からも,多額の義援金が寄せられている.
 次いで,北海道医師会,胆振西部医師会,室蘭市医師会,苫小牧市医師会からそれぞれ経過報告があり,その後,現地の医療機関から,噴火の前後の医療の実情が述べられた.
 洞爺協会病院と幸清会病院からは,患者さんを避難させた時の苦労と,受け入れてくれた施設への感謝が述べられた.自らも避難の対象となった医師たちからの現状報告として,「避難と交通遮断のために,カルテも持ち出せず,電話も通じない」「一時は,保険医療機関として認められるかどうか不明であった」「避難所では,患者さんがかかりつけ医を待っているが,所在がつかめない」「避難所での医療は無料だが,一般の医療機関は保険適用で一部負担金がかかり,患者さんが戸惑っている」「薬をどうやって患者さんに届けるか」「薬剤の確保と院外薬局の利用」「避難所の救護班と地元のかかりつけ医の協力体制」「今後の救護班のあり方」など,多くの切実な問題が提起された.
 坪井会長からは各医療機関の健闘を謝し,幸いに犠牲者が出ていないこと,阪神・淡路大震災とは違った問題が多いこと,中央での災害対策本部へ進言することなどが約束された.
 次に,伊達市役所内の有珠山噴火非常災害現地合同対策本部を訪れ,増田敏雄本部長(国土総括政務次官),真田北海道副知事と面談して激励.そのあと,豊浦町の千名あまりを収容している避難所,エイペックス社員寮に向かった.国道は開通したばかりだが,周辺は平穏で特に被害は見られない.しかし,西山付近の火口から巨大な噴煙が上がり,間をあけずに灰と噴石を吹き上げていた.
 この避難所では,苫小牧市医師会員が診療に当たっている.これから避難地区が縮小され,各地の避難所も減るだろうが,住民の救護班に寄せる期待は大きいようである.
 避難命令の直後に,わずか人口四千人あまりの豊浦町へ,隣の虻田町から二千人の避難者が来て,豊浦国保病院も一時は大混乱となり,大変だったとのことである.

有珠山のあらまし


 太古から有珠山一帯では多くの噴火があった.十万年前の大爆発で,火山が陥没して洞爺湖ができ,一万年前の噴火で,有珠外輪山ができた.その後,噴火もなく穏やかであったが,突然に一六六三年の大噴火があり,続いて,一七六九年,一八二二年,一八五三年,一九一〇年,一九四三年,一九七七年と,いろいろな形の噴火があり,多くの被害をもたらしてきた.一七九六年英国人のブロートン探検隊は,カリフォルニアからハワイを経て,日本北辺の測量を行い,恵山,駒ヶ岳,有珠山の壮大な噴煙に囲まれた内浦湾を,噴火湾と名付けて,世界に紹介した.
 一九一〇年の噴火で,洞爺湖畔に温泉が湧出して,観光地洞爺湖温泉が誕生した.一九四三年の噴火で平地から隆起した昭和新山ができ,一九七七年の噴火で有珠新山ができた.
 有珠山のある伊達市,虻田町,壮瞥町は,内浦湾(噴火湾)に面し,函館を中心とする道南地方と,札幌を中心とする道央地方を結ぶ,人員,物資輸送などの大動脈であるJR室蘭本線,国道三十七号線,道央高速自動車道などが通っている.

火山性地震と噴火の経過

 有珠山は,三月に入って地震が盛んとなり,三月二十九日,避難指示が出され,伊達市,壮瞥町,虻田町の指定された地域の住民が避難を開始した.医療施設は,近隣の医療機関の協力を得て,入院患者を退院または転院させ,同時に各医療機関は閉鎖された.五社会福祉施設の二百四十名あまりも,近隣の施設に避難した.
 三月三十一日午後一時十分,有珠山西北部で大規模な噴火が始まった.幸い避難が完了していたので,人的被害はなかった.危険防止のため,各地の道路が通行禁止となり,洞爺湖温泉街は無人となった.住民は多くの避難所に分散し,連絡が取りにくくなった.
 その後,噴火は局在化して,有珠山西側山麓で火口列を形成し,北西部の金比羅山西側にも火口ができ,噴煙,噴石を吐き続けている.当初は山頂部からの大爆発と,大規模な火砕流の発生が心配されたが,その後大爆発の危険は少ないとみられている.しかし,予断は許されない状況である.

避難所と医療救援活動

 避難命令を受けた住民は,一万三千名あまりで,指示のもとに壮瞥町,虻田町,伊達市の他に,近隣の豊浦町,洞爺村,長万部町,室蘭市,登別市などの避難所に収容された.
 北海道医師会では,北海道地域医療課と密接に連絡を持ち,室蘭保健所に設置された「有珠山噴火保健医療救護センター」を中心に,医療救護活動を開始した.地元の胆振西部医師会は,伊達日赤病院を中心に,転院患者の受け入れ,外来患者の対応,避難所を開設して避難者の健康管理に当たった.道内や東北の日赤病院からも多くの援助があった.
 各地の避難所には,伊達日赤病院,日鋼記念病院,三恵病院,札幌北野病院などの道立病院,北大病院,太平洋病院,国立札幌病院,勤医協病院,八雲総合病院,札幌医大病院,市立室蘭総合病院,新日鉄室蘭病院,豊浦国保病院,苫小牧市医師会,室蘭市医師会などが,救護班を編成して,常駐または巡回治療を行っている.また,閉鎖中の地元医療機関も,避難所を回って治療に当たっており,他に各地で待機している医療機関も多い.
 また,避難者の「心のケア」のために,精神保健の専門家による巡回相談を行っている.伊達日赤病院でも,「心のケア」相談窓口を設置している.
 救援ボランティア活動を受け入れる,ボランティア対策本部も設置されている.

今後の医師会の噴火対策

 避難所生活が長引くにつれて,日用品の不足,農業,漁業への影響が懸念され,対策本部の指示によって,一時帰宅や避難指示の解除,道路や鉄道の交通制限が緩和された.
 四月十三日には,伊達市,壮瞥町,虻田町の一部では避難が解除され,多くの住民が帰宅して,避難者総数は八千名あまりとなったが,なお,避難所に残っている住民も多い.
 火山噴火予知連絡会や北大有珠火山観測所の研究の結果,火山の噴火を予知したのは史上初めてといわれている.現在,火山は小康状態を保っているが,今後の推移は予断を許さず,これまでの経過からも,有珠山の火山活動の終息までに数年間はかかるとみられている.
 これからも不測の事態に備える救急医療活動,地域住民の疾病に対する医療活動,公衆衛生活動,さらに,予防医学活動が,日医をはじめとする全国各地の医師会に期待されている.


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